2024年8月30日
特定非営利活動法人 気候ネットワーク
代表 浅岡 美恵

 2024年8月29日、韓国の10代の19名の若者が同国の2030年削減目標などが不十分で、原告ら若者の基本的権利を侵害しているとして提起していた気候訴訟において、韓国憲法裁判所は、韓国のカーボンニュートラル枠組法に2031年以降の削減計画が定められていないことは、基本的人権の擁護に違反するとして同法を違憲とし、2026年2月28日までに改正するよう命じました。今回の決定は、気候変動に対する国の義務について出された2021年3月のドイツ連邦憲法裁判所の決定などと同旨であり、アジア初の画期的決定です。

韓国若者訴訟の経過

「韓国の気候危機への対処のためのカーボンニュートラルおよびグリーン成長に関する枠組み法(カーボンニュートラル枠組み法)」は、第8条第1項で2030年排出削減目標を2018年比35%減以上と定め、同法施行令第3条第1項で温室効果ガスの2030年の排出削減目標を2018年比40%減と設定したものの、2031年から2049年までについては定められていませんでした。原告らは、現行の2030年削減目標が不十分であり、2031年から2049年までの排出量削減計画が策定されていないことなどを違憲と主張してきました。

 2023年6月には韓国国家人権委員会が憲法裁判所に原告の主張を支持する意見書を提出し1 、2024年4月と5月に公開での弁論が開催されました。

 同種の気候訴訟では、2019年12月のオランダの2020年削減目標を違法としたオランダ最高裁判所判決、2021年3月のドイツ連邦気候変動法を違憲としたドイツ連邦憲法裁判所の決定、2024年4月のスイスの削減目標などを人権侵害とした欧州人権裁判所決定などがあります。国際的には、気候変動枠組み条約のもとで2025年2月末までにNDC(国が決定する貢献)の更新・提出が求められているなか、国の排出削減目標にかかわるアジア初の憲法裁判所の判断は世界から注目されていました。

  1. 韓国国家人権委員会意見書(気候ネットワーク訳) ↩︎

韓国憲法裁判所の判断

 今回の決定では、気候変動を日常生活の基盤となるあらゆる環境を破壊し、生命や身体の安全などを脅かすものと認め、気候変動の原因を軽減し、適応措置を講じ気候危機に対処することは国の義務であると認めました。

 基本的権利の侵害からの保護措置の内容が必要最小限の要請を満たしているかどうかについては、科学的事実及び国際的基準に基づき客観的に検討されるべきこと、世界的な削減努力に照らしての韓国の貢献に相応する削減目標数値であり、その削減目標の設定が将来世代に過大な負担を転嫁しないものであること、排出削減が効果的な制度で担保されていること、との評価指標とともに、政治的な裁量の論点もあげられています。

 結論として、韓国憲法裁判所は、カーボンニュートラル枠組み法が2030年目標を規定しているのみで、2031年から2049年までの削減目標については量的水準を定めておらず、カーボンニュートラルの目標年である2050年までの段階的、継続的な削減を実質的に担保できていないとし、違憲と判断しました。憲法裁判所の決定は最終決定であり、韓国は、2026年2月28日までにカーボンニュートラル枠組み法を改正しなければなりません。他方で、2030年の削減目標そのものについては、違憲と判断したのは9人の裁判官のうち5人に留まったため、違憲とする結論には至りませんでした。

 原告・弁護団は、「部分的な勝利であるが、より強固な気候保護対策の必要性を認識する上で、重要な一歩を踏み出した画期的決定」と評価しています。

本決定の意義と日本の気候政策及び気候訴訟に対する影響

 第1に、危険な気候変動が基本的人権を侵害するものであること、気候危機の回避のための適切な排出削減は国の義務であること、若者原告たちに2031年以降過大な負担を転嫁するものであることを認め、2050年カーボンニュートラルに至るまでの段階的・継続的削減の経路を量的に法定すべきとしたことは、日本にとっても極めて重要な判断です。日本は、2030年目標について、その性質を規定する法律がありません。2018年比40%削減とする韓国の2030年目標が違憲とまでは認められませんでしたが、日本の2030年目標(2013年比46%削減)は2018年比では39%減でしかなく、韓国では不十分とされながらも既に導入されている排出量取引制度も日本ではまだ導入されていません。日本はG7に属する国であり、応分の責任として、2050年より前のカーボンニュートラル及びそこに至る過程での大きな削減が求められています。

 第2に、今回の決定がドイツ連邦憲法裁判所や欧州人権裁判所の決定と異なる点は、1.5℃目標の重要性や温度目標と残余のカーボンバジェットを踏まえての結論とはいえないことです。日本でも8月6日に若者たちが火力発電事業者に対する気候訴訟を提起し、科学と国際合意に基づく2030年及び2035年の排出削減の実行を求めていますが、気候危機はますます顕著となり、今後、訴訟での議論が進むなかで、1.5℃目標の重要性と気候変動の科学と国際合意の観点からの排出削減目標の在り方と実効性ある対策の内容が論点となっていくでしょう。

 第3に、日本と韓国の気候変動政策は、2030年の削減目標が不十分であることだけでなく、脱炭素策として火力発電における水素・アンモニア混焼による延命策を含めていることなど、多くの共通点があります。日本には韓国のような独立した憲法裁判所や国家人権委員会がありませんが、今回の韓国での決定は、若者たちに著しく不平等かつ不公正な負担を強いることのないよう、科学と国際公序に基づく2030年、2035年の排出削減の実施を確実にし、気候危機による基本的権利の侵害から保護する役割が日本の司法においても求められていることを認識する機会となるに違いありません。現在進められている第7次エネルギー基本計画及びNDCの改定の議論においても、抜本的な見直しが求められます。

 今回の韓国憲法裁判所の決定の後押しを得て、日本の若者気候訴訟においても、司法の役割が高められることを期待しています。

参考

気候訴訟―司法を通じて気候変動問題を解決する

2023年12月15日(水)世界の気候訴訟最前線3 韓国での若者の気候訴訟&日本も関わる豪ガス事業での訴訟事例 (資料・録画掲載)

【判決紹介】オランダ最高裁「危険な気候変動被害は人権侵害」 科学が要請する削減を政府に命じる(2020年2月)

【解説】スイス女性たちの温暖化を止める長い挑戦―欧州人権裁判所の判決をよみとく(2024年5月9日)

明日を生きるための若者気候訴訟(外部ウェブサイト)

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