ENEOS Power(株)が、天然ガス火力発電所である「(仮称)扇町天然ガス発電所」を新設する計画を立てていることが明らかになりました。現在行われている環境影響評価の配慮書の手続きに対し、気候ネットワークは以下の意見を提出します。

意見提出・計画の詳細はこちらから:https://www.eneos-power.co.jp/news/news-release/article001.html(意見提出〆切:2025年6月12日(木)まで、当日消印有効)

この計画の概要

  • 神奈川県川崎市に新たに天然ガス火力(約75万kW)を建設する計画
  • どのくらい温室効果ガスを排出するかはENEOSは明らかにしていないが、推計で150~170万トン近くものCO2を毎年排出
  • 将来的には水素の混焼発電やCCSを検討するとあるが、詳細は不明

意見

科学的観点からみれば、化石燃料インフラの新規建設の余地は全くない

 IPCC第6次評価報告書第3作業部会報告書(2022年4月公開)は、既存の化石燃料インフラが耐用期間中に排出する累積のCO2総排出量を6600億トンと予測していた(報告書作成時点で計画されている化石燃料インフラからの累積総排出量を加えると8500億トン、現在はさらに増加していると見られる)。すでに同報告書で地球温暖化を50%の確率で1.5℃に抑えるための限度として示されたCO2の累積総排出量5000億トンを大きく上回っているため、科学的な観点から見れば、さらなるCO2排出源となる新規建設の余地はなく、既存の化石燃料インフラであっても耐用期間の終了を待たずに廃止する必要がある。

 さらに、IEAが2021年5月に発表した「Net Zero by 2050」では、1.5℃目標に関するシナリオとして天然ガスについて「2030年までに発電量をピークとし、2040年までに2020年比で90%低下させる」ことが示されている。

本計画は、2033年頃に運転開始を予定しており、年間稼働率を70%と想定した場合、推計150~170万トン/ 年近くものCO2を長期にわたって排出する。この計画は中止するべきである。

国際エネルギー機関(IEA):Net Zero by 2050(2021年5月)

ENEOS「カーボンニュートラル基本計画」との整合性が不明

 貴社の「カーボンニュートラル基本計画」では、Scope1+2の温室効果ガス排出量を2013年度と比較して2035年度に60%削減、2040年度に73%削減を目標としている。取り組み内容としては製造工程でのエネルギー消費の効率化、CCSバリューチェーンの構築、森林・海洋を活用したCO2吸収の推進をあげている。

 貴社は、バイオマス発電も含めると計220万kWの発電容量となる発電所を全国に有し、電力の小売り販売を行っている。2024年8月に五井火力1号機、同年11月に2号機、2025年3月に3号機(各78万kW)と立て続けに新規LNG火力の運転を開始している上に、今回の扇町天然ガス発電所の新設を計画しているわけだが、削減目標については「2050年度にScope3を含むカーボンニュートラルの実現を目指す」とあるのみで具体的な廃止策あるいは排出削減策は示されていない。エネルギー分野については、再生可能エネルギーの拡大、水素・カーボンニュートラル燃料の早期実用化を通じてエネルギートランジションを推進し、2040年度を目途にエネルギー供給当たりのCO2排出量の半減目指すとあるがこのままでは年間何百万トンもの新規温室効果ガス排出が発生し、排出削減目標の達成が困難になることが懸念される。Scope1,2に比べ圧倒的に大きなScope3のGHG排出についてカーボンニュートラル基本計画中に記載されていない本計画が実現した際の増加分を明示するとともに、貴社の削減目標と本計画の整合性を具体的にご教示いただきたい。

・ENEOSホールディングス株式会社:カーボンニュートラル基本計画 2025年度版

・ENEOSホールディングス株式会社:カーボンニュートラル基本計画

計画段階環境配慮事項の項目に温室効果ガスの排出を含めるべき

 CO2等の温室効果ガスについて、配慮書第 4.1-3 表(2)で計画段階配慮事項として選定されていないのは問題である。

 気候変動による被害が激甚化するなか、世界はパリ協定とグラスゴー合意の下で、地球の平均気温の上昇を産業革命前から1.5℃に抑えることを目指している。そのためには、CO2などの温室効果ガスの排出を2050年に実質ゼロにするだけでなく、2030年までに半減させなければならない。IPCC第6次評価報告書によれば、1.5℃目標達成までの残余のカーボンバジェットは限られており、残された選択肢や時間はわずかであることが明らかだ。一方で、国連環境計画(UNEP)が2024年10月に公表した「排出ギャップ報告書2024」では、世界の温室効果ガス排出量は増加し続けており、現在のような排出が続けば、今世紀中に地球の平均気温は最大3.1℃上昇する可能性が指摘されている。

 こうした危機的な現状において、個別の発電所が排出する温室効果ガスは、気候変動の加速、さらには人々の生活環境に対し多大な影響があると考えるべきだ。最新式のガスコンバインドサイクルであっても1.5℃目標に整合するCO2排出係数の約2倍の排出がある(IEAによると、1.5℃シナリオで求める2030年の排出係数は0.186kg-CO2/kWhだが、LNG火力の排出係数はガスコンバインドサイクルが0.32~0.36kg-CO2/kWh程度)。本計画の実施によるCO2等の温室効果ガス排出量やその影響は配慮事項に含まれるべきであり、CO2の排出係数すら示されていないことは問題である。

国際合意に整合しない

 2023年に開催されたG7広島サミットでは、「2035年までの完全又は大宗の電力部門の脱炭素化を図る」こと、「遅くとも2050年までにエネルギーシステムにおけるネット・ゼロを達成するために、排出削減対策が講じられていない化石燃料のフェーズアウトを加速させる」との文書(コミュニケ)が合意された。2033年に稼働する予定の新規LNG火力発電所は、この合意に全く整合していない。

天然ガスはライフサイクルで石炭よりも多く温室効果ガスを排出する恐れがある

 2024年10月ガーディアン紙は、「輸出された液化天然ガス(LNG)は石炭よりもはるかに多くの温室効果ガスを排出している」という研究について報道した。LNGは石炭よりも燃焼時にクリーンだとしてエネルギー転換の「つなぎ」として使われがちだが、この研究論文には、20年間のCO2とメタンの排出をGWP(地球温暖化係数)で比較した場合、LNGのGHGフットプリントは石炭に比べて33%も大きい場合があることが示されている。天然ガスの掘削作業によるメタン漏れが推定をはるかに上回っていること、パイプラインによる輸送時に大量の排出があること、液化・タンカーによる輸送を含めれば石炭よりもはるかに大きなエネルギーを要することなどが指摘されている。LNGの使用を終わらせることは世界的な優先事項であると研究者は主張している。

 世界的には天然ガス利用の削減が進められている中、貴社は本事業を「LNG 火力は石炭火力と比べて温室効果ガスの排出量が少ない」「社会の温室効果ガス排出削減に貢献する」(配慮書p.3)などと評価しているが、最近の研究を踏まえればこの評価は明らかに科学的知見に反しており、グリーンウォッシュである。

 天然ガスを利用し続けることは気候に甚大な影響を及ぼす可能性があり、貴社は本計画から撤退するべきである。

・英紙ガーディアン「Exported gas produces far worse emissions than coal, major study finds」(2024年10月4日)

・NPR「Natural gas can rival coal's climate-warming potential when leaks are counted」(2023年7月14日)

・スタンフォード大学「Methane emissions from U.S. oil and gas operations cost the nation $10 billion per year」(2024年3月13日)

 さらに、LNGに関連する事業は全体でGHG排出および大気汚染の問題を引き起こすだけでなく、上流で生態系破壊や人権侵害、中流で海洋汚染などを引き起こしている。例として、貴社が出資するパプアLNG事業では、パリ協定1.5度目標と整合しないこと、影響を受ける先住民の「自由意思による、事前の、十分な情報に基づく同意(FPIC)」が欠如していること、事業地域の60種以上が調査されたことがなく生物多様性への深刻なリスクを及ぼすことなどが指摘されている。これらの面からも、本計画を含め、LNGの使用を減らすことが急務である。

 上流から下流に至る人権問題やGHG排出量(メタン漏れの懸念も含む)を含めた環境負荷はプロジェクトによっても異なるため、国内のLNG火力発電所で使用するLNGの産地および入手経路およびライフサイクルGHG排出量を算出して頂きたい。問題があった場合には適切に対処することを求めたい。

・Asian People’s Movement on Debt and Development (APMDD)ら:プレスリリース「13の機関投資家がパプアLNGの環境・人権問題を精査」を発表(2025年3月24日)

将来的な環境対策とされた水素混焼・CCSは対策として問題が多い

 本計画では「LNG・水素の混焼発電や CCS など(中略)を将来的に検討」(2.1 第一種事業の目的)とあるが、具体的な導入時期や方策については何も述べられていない。

 いつまでに、どこでどのように製造された水素を使用するのか、調達した水素をこの発電所内のどこに保管するのか、水素保管に際してどのような保安対策がなされるのか、水素の混焼によって環境影響評価上の項目に何らかの影響(変化)が出るかどうかをどう評価するかなど、重要な情報が何も書かれていない。このような将来的に起こりうる重大な変更についての情報提供および説明を求めたい。

 さらに、水素やCCSはそれぞれ問題点がいくつも指摘されている。

 2023年時点で製造された低炭素水素等は水素全体の1%未満であり、カーボンフリーとは程遠い状況である。発電に必要な大量のグリーン水素が手に入る見込みもない。(国際エネルギー機関(IEA):Global Hydrogen Review 2024

 国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、2022年1 月に公表した報告書の中で、水素利用のあり方について「水素は製造、輸送、変換に多大なエネルギーが必要で、水素の使用がエネルギー全体の需要を増大させる。したがって、水素が最も価値を発揮できる用途を特定する必要がある。無差別的な使用は、エネルギー転換を遅らせるとともに、発電部門の脱炭素化の努力も鈍らせる。」と指摘している。水素は鉄鋼や化学工業など高温の熱が必要な分野に限定して使用するべきで、発電燃料とすべきではない。

 CCSについても現実的には6割程度の回収にとどまり、大規模な貯留技術は開発途上である。貴社はCO₂輸出に係るCCS事業に複数関与しているが、CCSは高リスクかつ高コストで、長期的な負債とリスクを伴う。さらに、CO₂を他国(グローバル・サウスなど)に運搬・貯留する行為は「投棄」であり、気候正義の原則に根本的に反するとして国際的に抗議されている。

・FoE Japan、気候ネットワークら:世界90団体が日本のCO2輸出に抗議ー日本政府はCCS方針の見直しを(2024年5月8日)

 再生可能エネルギーという代替手段が存在する発電部門において、これらの技術を進めることは火力を延命し将来的な気候危機を高めるだけでなく、技術開発および導入に要するコストの増加は消費者の負担増につながることになる。

 上記の点を踏まえてこの計画の撤回を求める。

参考

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