2024年11月15日
特定非営利活動法人 気候ネットワーク
代表 浅岡 美恵
シェルに対するハーグ控訴審判決
2021年5月26日、オランダ・ハーグ地方裁判所はロイヤル・ダッチ・シェル(RDS、以下は「シェル」と記載)に対し自社による直接排出のスコープ1および、自社が使用したエネルギー起源の間接排出であるスコープ2の排出削減については法的義務としたのに加え、シェルの排出量の9割以上を占めるサプライチェーン全体であるスコープ3の排出については努力義務ではあるものの、2030年までに2019年比45%の削減を命じた 。原告のMilieudefensieはIPCC第6次評価報告第1作業部会の報告書に基づき、2010年比45%削減を求めていたが、2019年の排出量が増加していたため、2019年比での命令となった。
そして2024年11月12日、オランダ・ハーグ高等裁判所は、シェルの排出削減の責任は認めたが、結論としては一審でのNGO側勝訴の判決を覆す判決を下し、Milieudefensieのスコープ1~3のすべてに対する請求を退けた。スコープ1、2の排出については、シェルの2030年の削減目標(2016年比50%削減)は2019年比で48%削減であり、2023年末で31%削減していることから、削減義務違反の切迫性を欠くとして、Milieudefensieの請求を認めなかった。スコープ3については、シェルは削減義務を負う可能性があるとした(判決7.111)が、EUETSⅡ(EUにおけるGHG排出量取引制度)でカバーされていたり、他業者との関係やオイル・ガスなどセクターによって異なる報告があり、削減目標を判断する根拠がないとされた。この判決は、Milieudefensieのプレスリリース にあるように、1.5℃目標の実現に向けた化石燃料事業者の市民・消費者に対する役割と責任を軽視したものである。
本判決の日本の若者気候訴訟に対する影響
しかし、今回のハーグ高裁の判決は、日本の石炭火力や天然ガス火力などを展開する火力発電事業者トップ10社に対する、2030年と2035年の排出量を、少なくとも1.5℃目標実現のためのIPCC第6次評価報告書統合報告書による世界全体の排出削減の水準以下に抑えることを求める若者気候訴訟の意義と必要性を後押しするものであるといえる。
第1に、今回の控訴審判決でも、危険な気候変動から保護されることは人権にかかわることであり、国家が危険な気候変動の悪影響から市民を守るために自らの役割を果たす義務があることは世界的に認識されていること、危険な気候変動からの保護を含む人権は社会的な注意義務の基準に影響を及ぼすこと、シェルには他の多くの企業よりも重い義務が課せられており、その義務を果たすことが期待されることが指摘されている(判決7.55)。そして、控訴審判決も、原審判決と同様に、地球温暖化を1.5°Cに抑えるためには、CO2排出量を少なくとも2019年と比較して2030年末までに正味45%削減し、2050年までに100%削減する削減経路を選択しなければならないという広範なコンセンサスの存在を認めている。日本の気候訴訟において求められているのは、まさにこの点である。
第2に、気候変動対策において発電部門の脱炭素化をまずは優先かつ先行して進める必要があることは、IPCC、IEA、COP26およびCOP28での合意、近年のG7合意でも確認され、世界の共通認識である。日本の発電部門に求められる排出削減の水準については、IPCC第6次評価報告書統合報告書の水準を下回ることは決してない。
第3に、日本最大の電力事業者であり、若者気候訴訟の被告であるJERAは2030年の排出量での削減目標を設定していない。他の事業者の目標も不十分である。JERAのみが2013年度比60%削減との2035年目標を定めているが、2019年比では47%削減に過ぎない。また、これらの電力事業者が目標達成のための手段として挙げているのは、現在実用化していないアンモニア混焼などである。そして、1.5℃目標の実現を目指すことを表明したことがなく、1.5℃目標と整合する排出削減の意思はないというほかない。このことこそが、まさに、若者気候訴訟が不可欠である理由である。
第4に、シェル判決で多々引用されている近時のEU指令等に基づく制度は、日本にまったく存在しないものである。排出量取引制度(ETS)も日本には制度そのものが導入されておらず、電力事業者に対する段階的有償オークションが予定されているのは2033年以降のことである。
今回のハーグ高等裁判所の判決も、企業に危険な気候変動の影響を緩和する義務があることを再確認した。日本の若者気候訴訟の被告ら火力発電事業者についても同様である。そして、日本の政府及び主要電力事業者が負う排出削減の水準はIPCC第6次評価報告書統合報告書が求める2030年及び2035年の削減量を下回ることはないものである。
参考
- 気候ネットワーク 気候訴訟―司法を通じて気候変動問題を解決する
- 明日を生きるための若者気候訴訟
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