昨年の COP27 では、気候変動の「損失と損害(ロス&ダメージ)」が注目を集め、日本でも大きく報道されました。これまで日本ではあまりなじみのなかった「損失と損害」とは何か、今、どんなことが起きているのかについて、Q&A形式で解説します。
※本記事はニュースレター「気候ネットワーク通信150号(2023年5月号)」からの転載です。

損失と損害(ロス&ダメージ)って何?

「損失と損害(ロス&ダメージ)」は、気候変動の悪影響に適応できる範囲を超えて発生する損失や損害を指します。暴風雨や豪雨といった極端な気象現象から生じる被害と、海面上昇や氷河の融解、気温上昇、土壌の劣化といったゆるやかに進行する影響から生じる被害が含まれます。
 損失と損害について考えるときには、収入の減少や物的資産への被害といった経済的な損失だけでなく、非経済的な損失(人命や健康、生物多様性、文化的アイデンティティ、伝統的な知識の喪失など)も見ていく必要があります。
 IPCC第 6次評価報告書では「損失と損害は、観測された悪影響および / または予測されたリスク、経済的および / または非経済的なものである」と定義づけ、「気候変動はすでに、自然や人間に対して、広範な悪影響と関連する損失と損害を引き起こしている」「脆弱なコミュニティは現在の気候変動に対して歴史的な貢献が小さいにもかかわらず、不相応な影響を受けている」「地球温暖化が進むにつれ、適応の限界に達し、損失と損害が拡大する」等と分析しており、危機感を強めています。

実際には、どこで、どんな影響が現れている?

たとえば、2022年7月から8月の大雨で洪水が発生し、国土の3分の1が水没したパキスタンでは、3,300万人が被災し、800万人以上の避難民が健康の危機に直面し、1,730人以上が亡くなりました。特に、脆弱な地区の人々は収入や資産を失い、食料価格の上昇や病気の発生などの影響を受けています。世界銀行は、被害額は 149 億ドルを越え、経済損失は総額で152億ドルに達し、また、復旧・復興のために少なくとも163億ドルが必要だと分析しています。
 国連食 糧計 画(WFP)は、2021年、アンゴラ南西部では過去40年で最悪の干ばつに見舞われ、130万人以上が飢餓に陥っていると報告しました。世界銀行によるとアフリカ東部地域では2022年の干ばつで3,610万人が影響を受け、130万人以上が移住を余儀なくされ、少なくとも 2,100万人が深刻な食糧危機にあるとしています。また、この危機に対応するため34億ドルが必要だと分析しています。他にも標高が低い小島嶼国では海面上昇によって海岸が侵食され、国土が失われる危機に直面しています。
 このように、アジアやアフリカ、小島嶼国といった気候変動の影響に脆弱な国々は、すでに深刻な損失と損害への対応を迫られており、そのために対外債務が膨らむ事態にもなっています。気候変動に対して脆弱な国々で構成されるV20(現在は58カ国で構成)のレポートでは次のように分析しています。

  • 最近 20 年間(2000-2019)の V20 における気候変動による経済損失は 5,250 億米ドルにのぼる。気候変動の影響がなければV20は現在より20%裕福であったかもしれず、特に最大のリスクに直面する国々は気候変動がなければ2倍豊かであっただろう。
  • V20は全体として 6,863 億ドルの公的対外債務を抱えている。この額はGDPの27%に相当する。

 地球温暖化がこのまま進行すると、損失と損害は拡大し、さらなる被害が生じるだけでなく、対応のためのコストも高くなり、経済的に裕福でない国・地域はさらに深刻な影響を受けてしまいます。
 IPCCの最新の報告にあるように、損失と損害はすでにあらゆる地域で発生していますが、途上国の、特に気候変動の影響に対して脆弱なコミュニティに被害が集中しています。これまでに大量の化石燃料を消費し、温室効果ガスを排出してきたのは、一握りの裕福な国や企業です。にもかかわらず、温室効果ガスをほとんど排出してこなかった地域で、深刻な損失と損害が発生しています。損失と損害への取り組みには、先進国が歴史的な責任を果たし、すべての人々の暮らしや権利、尊厳を守り、不公平を是正しようという気候正義の観点が欠かせません。
 まずは原因となっている気候変動を食い止め、すでに生じている気候変動の悪影響を小さくするために、徹底的に緩和策と適応策をとることが必要です。IPCCの最新の報告でも、緩和と適応の取り組みを加速させなければ、損失と損害は拡大し続けることが指摘されています。まずは石炭火力発電の廃止など、国内の温室効果ガス排出を大幅に減らすことが大事で、国際協力を通じて途上国の排出削減を支援していくことも求められます。気候資金 1,000億ドル目標の達成や、適応資金の倍増といった約束を実行していくことも重要です。
 同時に、今まさに深刻な被害にあっている人々を支援することが求められます。既存の支援の仕組みでは、損失と損害の資金ニーズに応えられないことが途上国から指摘されています。気候正義の視点に立ち、COP27で合意された「気候変動の悪影響に特に脆弱な国々」を支援するための新しい基金が真にニーズに応えるものとなるよう、仕組みづくりに積極的に関わり、資金を拠出していくことが求められます。

世界ではどんな取り組みが行われているのか? 適応策との違いはあるのか?

 国連気候変動枠組条約には、損失と損害にどう対応するかは書かれておらず、明確な定義はなされていません。その後、損失と損害は適応の一部と位置付けられてきましたが、パリ協定では適応(7条)から独立して、損失と損害(8条)が設けられました。適応では回避しきれない気候変動の影響が認知されたと言えます。
 ただ、パリ協定8条では「締約国は、気候変動の悪影響(極端な気象現象と緩やかに進行する現象を含む)に関連した損失及び損害を回避、最小限化、対処することの重要性を認識する」とし、先進国の責任と補償は含まれませんでした。そして、損失と損害の取り組みは、防災や適応といった既存の枠組みで継続されてきました。
 昨年のCOP27では、国連が行動計画「すべての人に早期警報システムを」を発表しました。災害リスクを伝える早期警報システムを今後5年間で普及させる計画です。また日本政府は「日本政府の気候変動の悪影響に伴う損失及び損害(ロス&ダメージ)支援パッケージ」を公表しました。こちらも、適応、防災や早期警報システムの導入促進が中心です。
 このような損失と損害を回避し最小化するための取り組みも必要ですが、 それでも発生してしまう被害にどう対応していくのか―これまで人道支援や開発協力、保険で対応してきましたが、限界も指摘されています。深刻化する気候変動の損失と損害、そして資金ニーズの高まりに対して、資金拠出を発表する先進国も現れ、G7とV20による資金提供の仕組み(グローバルシールド)も発足しました。今まさに被害を被っている人たちをどう支援していくのかが、これからの課題と言えます。

損失と損害はいつごろから問題だと言われ始めたのか?なぜ COP27の合意が歴史的な成果だと言われるのか?

 損失と損害について声を上げ始めたのは、海面上昇に直面する小島嶼国でした。1991年の国連気候変動枠組条約に関する政府間交渉委員会で小島嶼国連合のバヌアツが提案した「海面上昇の結果に対し、財政的な保険を提供するための国際的な保険プール」で、損失と損害が気候変動の国際交渉に初めて現れました。そこから約30年、損失と損害に特化した資金提供の仕組みづくりは先進国が議論を避けてきた問題でした。ようやくCOP27で「気候変動の悪影響に特に脆弱な国々」を支援するための新基金設立が決定され、これは歴史的な合意だと評価されています。

COP27 での損失と損害の基金に関する会議の様子

損失と損害に対応するために日本は何をすればいいの?

 まずは原因となっている気候変動を食い止め、すでに生じている気候変動の悪影響を小さくするために、徹底的に緩和策と適応策をとることが必要です。IPCCの最新の報告でも、緩和と適応の取り組みを加速させなければ、損失と損害は拡大し続けることが指摘されています。まずは石炭火力発電の廃止など、国内の温室効果ガス排出を大幅に減らすことが大事で、国際協力を通じて途上国の排出削減を支援していくことも求められます。気候資金 1,000億ドル目標の達成や、適応資金の倍増といった約束を実行していくことも重要です。
 同時に、今まさに深刻な被害にあっている人々を支援することが求められます。既存の支援の仕組みでは、損失と損害の資金ニーズに応えられないことが途上国から指摘されています。気候正義の視点に立ち、COP27で合意された「気候変動の悪影響に特に脆弱な国々」を支援するための新しい基金が真にニーズに応えるものとなるよう、仕組みづくりに積極的に関わり、資金を拠出していくことが求められます。