2025年7月に国際司法裁判所(ICJ)が気候変動に関する国の義務についての勧告的意見を発出しました。勧告的意見は、1.5℃目標達成に向けた各国の最大限の努力と、企業の排出を規制する国家の義務、さらに「健康な環境への権利」や将来世代への配慮義務を明確にしました。これは世界有数の排出国である日本にも政策転換を迫るものです。この歴史的判断から半年。今、バヌアツ政府を中心に、この勧告的意見を承認する国連総会決議の採択を目指す動きがあります。ICJの勧告的意見とは何か、これまでの経緯、勧告的意見のポイント、そして国連総会決議に向けた動きや今後について解説します。
Q:ICJの勧告的意見って何ですか?
国際司法裁判所(ICJ)とは?
国家間の紛争を解決する手段として、1945年に設立され、総会、安全保障理事会、経済社会理事会、信託統治理事会、事務局と並ぶ国連の6つの「主要機関」の一つです。ICJは、国連加盟国間の紛争を解決する唯一の国際法廷で、裁判官は自国の政府を代表するのではなく、15名の独立した裁判官で構成されています。
勧告的意見とは?
ICJは、国連の主要機関や各種機関から諮問された法的問題について、勧告的意見(Advisory Opinion)を出すこともあります。勧告的意見は判決とは異なり、それ自体は拘束力を持ちませんが、国際法上、最も権威ある解釈とされ、大きな影響力を持ちます。これまでもICJの判断が各国政府によって履行されたり、裁判所の判断に取り入れられてきました。
Q:勧告的意見が出されるに至った経緯は?
始まりは若者によるキャンペーン
2019年、南太平洋大学の学生が気候変動の影響を最も受ける島嶼国の人々の権利を守るため、国際法による明確な指針を求めてキャンペーンを始めました。彼らは「気候変動と闘う太平洋島嶼国の学生たち(PISFCC)」という学生団体を立ち上げ、2020年には世界各国の若者による国際的なキャンペーン「World's Youth for Climate Justice」と連携し、ICJによる勧告的意見の実現を求める活動を展開してきました。この動きに触発されたバヌアツ政府は、2021年9月にICJに勧告的意見を求める意向を表明。その後、バヌアツが主導する形で国際的な支持を広げ、132カ国が共同提案国となり、2023年3月の国連総会でICJに対して勧告的意見を求める決議が全会一致で採択されました。
国際社会による法的な積み上げ
加えて、国際社会では気候変動と人権の関連性を重視し、国や民間企業の気候変動対策を法的義務として捉える動きが広がってきました。2021年には国連人権理事会で、2022年には国連総会において環境と人権に関する決議が採択されました。また、司法機関においても、国際海洋法裁判所や米州人権裁判所などで、人為的な温室効果ガスの排出防止義務や、気候変動が人権に与える悪影響について相次いで意見を述べられ、これらの国際司法機関の動向が、世界最高峰の国際司法機関であるICJによる包括的な判断を後押しする形となりました。
Q:今回の勧告的意見には何が書かれているのですか?
気候関連の条約の締約国であるか否かに関わらず、すべての国には気候システムを守る法的な義務がある
気候変動に関する国際法上の国家の義務は、国連気候変動枠組条約、京都議定書、パリ協定にとどまらず、国連人権規約、その他環境関連の条約、国際慣習法なども含まれます。つまり、特定の気候関連の条約の締約国であるか否かに関わらず、すべての国家に気候システム(大気、海洋、地表面などからなる地球全体の気候状態を作り出す仕組み)を保護するために適切な措置を講じる義務があります。
各国は責任や能力に応じた対策を講じ、気候システムに与える重大な損害を予防しなければならない
各国は、適切な規制と措置、衡平の原則および「共通だが差異ある責任と各自の能力(CBDR-RC)」原則や、最新の科学に基づく「相当の注意(デュー・ディリジェンス)」の基準のもとで気候システムへの重大な損害を防止しなければなりません。
「クリーンで健康、かつ持続可能な環境への権利」は、人間らしく生きるための前提条件
気候システムや環境の悪化は人権侵害につながるため、人権を保障するには各国が環境、とりわけ気候システムを保護しなければなりません。「クリーンで健康、かつ持続可能な環境への権利」は、基本的人権を享受するための不可欠な前提条件です。また、世代間公平の原則に基づき、将来世代の利益にも十分配慮しなければなりません。
各国はパリ協定の1.5℃目標を達成するために、自分たちができる最大限の努力をする前提で目標を立て、強化し続ける必要がある
パリ協定の1.5℃目標は世界各国の協力により達成すべき国際法上の義務です。そしてNDC(国が決定する貢献)は、各国の裁量に委ねられるものではなく、その締約国が達成できる最高水準の内容でなければなりません。加えて、NDCは後退させることなく強化し続けることが必要です。
化石燃料の生産と利用を放置し、温室効果ガス排出削減を怠ると、国際法違反となるおそれがある
気候変動の主な要因は化石燃料です。したがって、国家が化石燃料の利用を減らそうとしなかったり、補助金を出して生産や利用を促したり、新しい掘削許可を出したりして、温室効果ガス排出削減を怠った場合は、国際法違反となるおそれがあります。
気候変動に悪影響を与える民間企業を規制することも国の義務
気候変動に関する国の義務には、自国の民間企業の活動をウォッチし、規制することも含まれています。国が民間企業からの温室効果ガス排出を制限するために適切な規制をせずに放置した場合、責任を問われる可能性があります。気候システムを守る義務は、各国が国際社会全体に対して負うものであるため、被害を受けた国ではない第三国が、対策を怠った国の責任を問うこともできます。
気候を保護する義務を履行しない国は責任を問われ、賠償を求められる可能性がある
気候変動による損害は複数の国やアクターからの累積的な排出によって引き起こされますが、世界全体の排出量に対する各国の貢献度を決定することは科学的に可能です。各国はその貢献度に応じて責任を問われる可能性があります。そして、気候システムを保護する義務を履行しない場合は法的責任が生じ、違法な行為(または必要な対策を行わないこと)の中止、再発防止の保証、および被害を受けた国に対する完全な賠償等を行わなければならない可能性があります。
Q:この勧告的意見の影響は?
今回の勧告的意見は気候変動対策にとても重要な指針を示しました。国際司法裁判所はこれまでに29件の勧告的意見を発表してきましたが、そのうち全員一致で発出されたのは今回も含め5件です。国際司法裁判所は世界で最高位の権威ある国際司法機関です。勧告的意見には法的拘束力はありませんが、今回の勧告的意見では、前述の通り、各国が温室効果ガス排出を削減し、気候を保護する義務を果たさない場合には、法的責任を問われる可能性を明確に示しました。
勧告的意見で示された内容は、裁判を含むさまざまなアクションを通じて世界の市民社会が気候正義を求め、長年訴え続けてきたものであり、国際司法裁判所がそれを国家の法的な義務と認めたことは重要です。この勧告的意見は、今後、各国で起こされている気候訴訟での判断や気候変動に関する国際交渉、各国の気候変動対策等に実質的な影響を及ぼすことが考えられます。例えば、「クリーンで健康、持続可能な環境への権利」を基本的人権の前提条件であると示したことや将来世代に配慮する義務を明確にしたことは、環境権について明文化された規定のない日本においても、政府の気候変動対策の不十分さを問う上で極めて重要な論拠となるでしょう。
Q:次のアクションは?
勧告的意見を承認する国連総会決議へ ― 具体的なアクションへ落とし込む
ICJの勧告的意見は、世界が気候危機に立ち向かうために、国際法の視点から各国の気候変動に対する義務を明らかにした歴史的判断です。それでは、今後この勧告的意見をどう活かしていくことができるのでしょうか。次のステップとしてバヌアツ政府や市民社会が目指しているのは、ICJの勧告的意見を国際社会が行動に移すための国連総会決議の採択です。国連総会は、すべての国連加盟国が参加し、国連のカバーする諸問題について審議・討議し、加盟国等に対し勧告を行うことのできる国連の主要な機関です。
この勧告的意見が総会決議として採択されることで、何が変わるのでしょうか。重要なポイントは、司法という枠の中で解釈されていた勧告的意見が国連総会決議で承認されることで、勧告的意見で述べられた内容が政治的により強い影響力をもつようになるということです。国連総会決議自体に国際法上の法的拘束力はありませんが、国際社会の多数の意志として採択されることで、無視できない道義的・政治的影響力が生まれます。国際社会の総意として受け止められるため、各国が自主的に排出削減を前進させることにつながると期待されます。
参考
【プレスリリース】ICJ、気候変動で歴史的判断 国の「法的責任」を明示 ―気候正義の新時代に向けて―(2025年7月25日)
国際司法裁判所「気候変動に関する国家の義務についての勧告的意見」暫定和訳
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