2024年12月3日
特定非営利活動法人 気候ネットワーク
代表 浅岡 美恵
NDCをめぐる議論と「2013年度比60%削減」案
気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択されたパリ協定に基づき、各国は2025年2月までに次期NDC(国別削減目標)を提出することが求められている。COP28では1.5℃目標の重要性とその実現を重く掲げ、かつ1.5℃目標実現のための残余のカーボンバジェットの急速な減少を踏まえて、直近のIPCC第6次評価報告書統合報告書が示した温室効果ガスを「2019年比」で2030年までに43%、2035年まで60%、2040年までに69%削減とする目標を確認した。IPCCの示す削減目標は世界全体についてであり、先進国である日本はより大きな削減が求められている。
しかし、次期NDCの策定に向けた環境省と経済産業省の合同審議会における第6回会合(11月25日開催)で事務局案として示された「2050年ネットゼロに向けた 我が国の基本的な考え方・方向性」との考え方は、およそ国際社会から求められている水準から遠い。
この案は、2030年目標である2013年比46%削減目標を引き上げることなく、そこから2050年にネットゼロにする道筋について「① 上に凸の経路 ② 直線の経路 ③ 下に凸の経路」と3つの経路を示した上で、「排出削減と経済成長の同時実現に向けた予見可能性を高める観点から、直線的な経路を軸に検討を進めることでどうか」と打ち出し、2035年に2013年度比60%削減、2040年に73%削減とする案を示した。2019年比ではそれぞれ、52%、67%に過ぎない。しかも、目標年にだけ吸収分を勘定しており、実質的にはさらに低くなる。
IPCCの水準と基準年の異なる形で紛らわしい削減目標による3案を示した上で、中央値を落としどころとして見せようとしているようであるが、気候変動対策としてはきわめて低いものである。また経済成長の実現という点でも根拠もなく説得力に欠ける。
表:温室効果ガス削減水準 IPCCが示す1.5℃に必要なGHG削減率と経産省・環境省案
1.5℃目標とカーボンバジェット
世界の平均気温の上昇を1.5℃に抑えるために努力を追求することを確認した「グラスゴー気候合意」に日本も合意しているが、1.5℃に抑えられなければ、気候変動の影響は自然環境どころか、経済活動・社会活動に甚大な影響を及ぼすこととなることは明白であり、国内政策にも反映する必要がある。
1.5℃目標に対しての2019年の世界全体の残余のCO2排出量についてのカーボンバジェットは、50%の確率でも約5000億トンとされている。うち、日本に配分されるカーボンバジェットは、公平性による人口割の基準によると66億トン、先進国に有利な現在の排出量でも140億トンと算定されている(増井意見書 )[1]。経済産業省と環境省が示したような2050年のネットゼロに向けて直線的に削減経路をたどる場合、累積排出量は約170億トン(CO2でも140億トン)となり、1.5℃目標には整合していない。しかも、2019年以降に大量の排出が続いており、2024年までの排出を考慮すると1.5℃目標に整合する範囲を大きく上回る。
[1] 脱炭素社会に向けた石炭火力発電所の位置づけに関する意見
各団体およびCATの削減目標比較
日本がNDCで国連に提出する2035年の削減目標は、国際社会で遜色のない応分の目標として1.5℃目標に整合する水準で定めることが不可欠である。NGOなどの複数団体が日本の目指すべき削減目標を提案しているので、以下に比較する。なお、下表でも示したとおり、国際的な研究機関のコンソーシアムである「Climate Action Tracker(CAT)」は、1.5℃目標に整合する形で日本の削減率を示し、土地利用、土地利用変化及び林業部門の吸収量を含まず78%削減が必要であるとしている。また、土地利用や吸収量を含めた全排出量で言えば2035年までに2013年比81%削減を求めている。
団体・機関等 | 2035年目標 (2013年比) | 2035年目標 (2019年比) | 2035年目標の排出量(百万トン) |
経産省・環境省事務局案 | 60% | 51.7% | 563 |
経団連 | 60% | 51.7% | 563 |
JCI | 66%以上 | 58.9% | 479 |
ワタシのミライ | 66.9% | 60%以上 | 466 |
JCLP | 75%以上 | 69.8% | 352 |
気候ネットワーク | 75~80% | 69.8~75.9% | 282~352 |
Climate Action Tracker | 78%(吸収量等含まず) 81%(吸収量等含む) | 73.4% | 310 |
2035年80%削減の実現に向けて
現在の日本の気候・エネルギー政策では、2030年目標の達成すら危うい状況であり、2035年80%削減には到底及ばないだろう。それは、特に日本の温室効果ガスの排出量の3~4割を占める電力セクターにおいて、大幅削減が全く実現しておらず、「脱炭素火力」と称して火力・原子力を維持し続け、再エネ普及がほとんど進まなかったことが大きい。
日本がCOPやG7サミットにおいて合意した「2030年までの再エネ3倍(2019年比)」「2030年代前半の石炭火力の全廃」「2035年までの電源の脱炭素化」といった内容をエネルギー政策に反映し、現行政策を大幅に見直すことが不可欠である。
さらに、再エネの普及とともに他の産業分野や自動車などでの電化を進めることで化石燃料から脱却することにより、80%削減という高みを目指していくべきである。
参考
- 中央環境審議会地球環境部会2050年ネットゼロ実現に向けた気候変動対策検討小委員会・産業構造審議会イノベーション・環境分科会地球環境小委員会中長期地球温暖化対策検討WG 合同会合(第6回)2050年ネットゼロに向けた 我が国の基本的な考え方・方向性(環境省・経済産業省)
- 日本経済団体連合会「エネルギー基本計画の見直しに向けた提言-国民生活・経済成長を支えるエネルギー政策の確立を求める-」
- 気候ネットワーク連続ウェビナー第3回 増井利彦 氏資料「日本のカーボンバジェットについて どう考えるか」
- 脱炭素社会に向けた石炭火力発電所の位置づけに関する意見2024年10月9日再提出 国立環境研究所 増井利彦ほか
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