2009年6月10日
日本の「8%削減」中期目標 このままでは国際社会から孤立する
?気候ネットワーク代表 浅岡 美恵
本日、麻生首相は日本の温室効果ガス排出の中期(2020年)削減目標を、国内削減分として、1990年比-8%(2005年比-15%)とすると発表した。コペンハーゲン合意に向けた交渉が行われているボンでも、中期目標の発表に注目が集まっていた。
だが、世界を待たせたあげくの目標は、世界を失望させるものである。2020年についてだけ、基準年を排出量が7.7%増加した2005年に言い換えての苦しい「見せ方」で削減を装っているが、京都議定書の目標(1990年比-6%)とほとんど変わらない。その後についても、「直線的な経路を歩むことは困難で、まだ見ぬ革新的技術の開発と普及にかかる」とし、排出を増加させた政策の誤りを反省せず、今後も、大幅排出削減を確実に進める意思がないことを明らかにした。経団連などの強い意向が反映されものである。
EUは京都議定書採択後、削減の努力を続け、EUETSや再生可能エネルギー指令など将来的にも大幅削減を担保する政策措置を制度化し、国際合意のもとに拡大EUとして、1990年比30%削減(2005年比-24%)まで引き上げることを表明している。米国も、審議中のワクスマン・マーキー法案では2050年に2005年比83%削減の目標を設定し、国内排出量取引など包括的政策を整備しつつある。 これに対し、日本は、補助金政策と革新的技術や原子力に頼るのみで、「2030年には約四分の一の減、2050年には約7割減、につながる」として、2020年以降も大きな削減に踏み出す意思がないことを明らかにした。これは2030年でも90年比20%削減にも届かないというもので、温度上昇を2℃程度にとどめるとの科学の要請に応えた削減目標とは程遠い。ボンでの交渉に水を差すだけでなく、国際社会から強い批判を受けるだろう。
これまでの国内議論の致命的な欠陥は、何のために中期目標の議論をしているのかの認識を、意図的に避けてきたことである。世界は、気温の上昇を産業革命の前から2℃を超えないようにと議論をしている。日本での議論はその出発点を欠き、将来世代への影響を議論せず、いまだ、世界と2℃の目標を共有できていない。
中期目標は、長期目標に至る排出の経路を示し、今後の温暖化のレベルに直結する。交渉会議で、世界全体で今後10年~15年の間に排出をピークアウトさせ、2050年には現在から半減を大きく下回らせ、先進国全体で2020年までに1990年比25~40%の削減が必要とのIPCCの警告を確認してきたのもそのためである。長期目標に「つながるもの」であればいいのではなく、どのような経路かが、中期目標の焦点なのである。
麻生首相は、この目標を、「オイルショックの時の、エネルギー効率の改善、30%を上回る、33%の改善を目指す、極めて野心的なもの」とする。オイルショックでエネルギー効率の改善に取り組んだのは日本だけではない。GDP比CO2排出量の改善率は、日本のほうが低い。それでも数値上、日本が低いのは、家庭と運輸部門の排出が極めて少ないからである。
麻生首相は、意見交換会やパブリックコメント、内閣府が行った世論調査を根拠にあげるが、これらはいずれもその論拠とはなりえない。意見交換会などは、経団連などの動員で占められ、世論調査も誤った断定的判断の提供による世論偽装に近い。5月に環境省から公表された「地球温暖化の日本への影響」では、対策をとらない場合に年間10兆円をはるかに上回る損失や健康への被害が見込まれ、そのリスクは気温の上昇とともに大きくなると予測されている。このような温暖化による被害や損失を示さず、あえて高く設定された対策費用から、国民の負担額を誇張し、恣意的に低い目標に誘導しようとしたというほかない。
しかし、アバーズやWWF、気候ネットワークなどNGOが独自に行った世論調査では、支持政党を問わない6割を超える人々が、麻生政権の温暖化対策を不十分と考え、25%以上の削減目標を支持し、高い削減目標が日本経済にプラスであると考えている。この結果こそ、素直な市民の感覚をあらわしたものだ。
温暖化対策は、エネルギーコストの削減効果や新規産業を育成し、雇用を創出する効果もある。また、導入される政策措置によって社会全体の費用額も変わってくる。
政府がなすべきは、水増しされた負担額を強調し、国民を脅して萎縮させるのではなく、こうした国民の危機意識と意欲に応え、実効性のある効果的な政策を導入して産業や雇用の創出をはかり、国民の低炭素経済社会に向けての行動を引き出すことである。
世界は、市場が温暖化対策を織り込みつつあり、国としての中長期目標に基づく低炭素経済に移行していくための立法を終えるなど、行動を開始しつつある。
日本も重要な分岐点を迎えている。かつての大量生産・大量エネルギー消費社会を基本に、当面の利益しか念頭にない近視眼的な経団連に日本の進路を縛られるのではなく、政治の選択で、雇用を充実する低炭素経済への進路を切り開く決断をすべきである。世界が、このようにして温暖化防止の文明史的転換を経済再生のチャンスとしていこうとしている中、経済への負担としてしか捉えていない日本の態度は、温暖化防止という世界の共通課題への認識の低さを示しているとともに、自らの経済再生のチャンスを失うものである。
今後、日本は、コペンハーゲン合意にふさわしい野心的な中期目標を新たに設定する必要にせまられるであろう。科学に基づく野心的な中期目標を設定する覚悟で、国内では、それを実現する対策とりわけ大口排出源の対策を強化するなど削減を担保する政策導入を具体的に検討し、早期導入を図らなければならない。
以上
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