東京事務所の鈴木です。夏なので、海の話題ということでグレートバリアリーフに起こっていることを取り上げてみました。

グレートバリアリーフは、オーストラリアに位置する世界最大のサンゴ礁地帯です。1981年にはユネスコ(UNESCO:国連教育科学文化機関)の世界自然遺産に登録されており、人工衛星からも確認できる「世界最大の生命体」です。

世界遺産・グレートバリアリーフに迫る危機

GBR-Coralreefstudies

出所:ARC Center of Excellence, Coal Reef Studies

しかし、そんな貴重な自然に危機が迫っています。今年2016年3月にオーストラリア政府のサンゴ白化作業委員会が発表した調査結果は衝撃的でした。なんと、サンゴの白化現象が過去最悪の状態にあるというのです(サンゴは白化したままだと死んでしまいます)。調査によれば、ケアンズからパプアニューギニアにかけて広がるサンゴ礁の93%に深刻な白化現象が見られたそうです。

さらに5月、ナショナル・コーラル・ブリーチング・タスクフォース*1が行った調査では、グレートバリアリーフの北端にある海域では既に白化したサンゴの80%が深刻な白化に至っていることが明らかになり、被害に追い打ちがかかっていることがわかりました。気候変動と強力なエル・ニーニョ現象による海水温の上昇がサンゴの白化を進めており、過去に例のない大量死が発生し、グレートバリアリーフの存続が危ぶまれる事態となっています。

サンゴは海水温の上昇で白化している

今さらですがサンゴの白化の主な原因は海水温の上昇で、今グレートバリアリーフで起きているサンゴの大量白化には温暖化による海水温の上昇が影響しているのは間違いないと考えられています。サンゴ(ここではリーフを形成する造礁サンゴ)の生息域は共生藻の光合成に必要な光の届く浅い海で、水温は18度から30度ぐらいまでの暖かい環境が適しています。多少の温度変化には耐えられますが、長期間に及ぶ高温ストレスが続けば、サンゴは体内に共生する褐虫藻が放出し、白化してしまいます。

coral-breached褐虫藻はサンゴの栄養の供給源であり、鮮やかなサンゴの色の提供元でもあります。褐虫藻が抜けたサンゴは、海水温が低下して再び褐虫藻を取り込むことができなければ死滅してしまいます。近年の地球温暖化の影響もあり、今後も海水温の高い状態が当面続くと予想されているので、サンゴの白化傾向も長期化する恐れがあります。

グレートバリアリーフの深刻な実態

今回の調査を担当した科学者テリー・ヒューズ氏(ナショナル・コーラル・ブリーチング・タスクフォース代表)は、「今回のグレートバリアリーフの白化現象これまでと比べ物にならないくらい規模が大きい」と話しています。過去からの調査実態と、地球温暖化のシミュレーションで予想される今後の海水温上昇とをあわせて考えても、今後ますますサンゴの白化被害が拡大するのではないかと心配されています。

オーストラリア政府の対応は?

このような深刻な事態において、オーストラリア政府はサンゴ白化対策レベルをレベル3に引き上げ、調査範囲も拡大させました。しかし、調査を支援する反面、政策的には不十分との指摘を受けています。

問題その1.「気候変動における世界遺産と観光」リストへの掲載反対

今年5月27日、ユネスコ(UNESCO)、国連環境計画(UNEP)、アメリカの科学団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」は、「気候変動における世界遺産と観光(原題:World Heritage and Tourism in Changing Climate)」を発表しました。この報告書は、世界29カ国、31カ所の自然及び文化の世界遺産が海面上昇や干ばつをはじめとする長期的な気候変動の脅威にさらされていることを示しています。

この中にグレートバリアリーフをはじめとするオーストラリアの幾つかの世界遺産*2も取り上げられるはずでしたが、発表された報告書では、オーストラリアの章がばっさり削除されていたのです。

草案を見たオーストラリア環境省から反論があったため、1章丸ごと削除されることになったと報道されています。「世界遺産条約が締結された1972年以降、温暖化のリスクがこれほど高まっているのは初めて」とユネスコが警告を発する中、オーストラリア政府は多額の収益をもたらす観光産業への影響を懸念したようですが、そもそも自然遺産が健全な状態で維持されなければ、観光業も成り立たないのではないでしょうか。

問題その2.「危機遺産」*3指定にも反対

もう一つ、オーストラリア政府が反対して回避されたものがユネスコの「危機遺産」指定です。ユネスコの世界遺産委員会は、2015年にグレートバリアリーフを「危機遺産」に指定しようと検討していました。これに対し、オーストラリア政府は、南側のサンゴの被害が既に報告されていたものの、北側のサンゴはまだ損傷を受けていないので、グレートバリアリーフ全体の回復につなげられると強調するとともに、グレートバリアリーフの保護計画「リーフ2050長期持続可能性計画(Reef 2050 Long-term Sustainability Plan)」を掲げることで「危機遺産」指定を回避したのです。

観光業に影響することを懸念したオーストラリア政府が圧力をかけたという話もありましたが、今回の調査でその北側のサンゴ礁にも白化現象が広がっていることが確認されたのです。この調査結果を踏まえれば「危機遺産」指定の再検討が浮上してもおかしくないと考える研究者もいますし、実際に自然保護団体は再検討を求めています。

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グレートバリアリーフ沿岸地域には、2015年の1年間で約350万人の観光客が訪れているそうです。オーストラリアのシンクタンクによる「年間100万人超えの訪問客を失った場合、10億豪ドルの潜在収入が失われる」との推定を聞けば、オーストラリア政府の「圧力」の背景には観光業への懸念があるという議論も信憑性があるような気がします。

それでも今サンゴ礁をまもるために必要なこと=温暖化対策

今や、グレートバリアリーフに限らず世界のサンゴ礁は危機的な状況に直面しています。海の生物を育むサンゴ礁は死滅してしまうと簡単には回復できません。オーストラリア政府は、サンゴの白化現象に対応するため年間2億豪ドルをサンゴの保全に充てるとしていますが、海水温度が通常の範囲内に戻ったとしてもサンゴ礁の回復には10年を要すると科学者は予想しています。

すでに白化が深刻化している以上、サンゴの保全も大切です。しかし、より本質的な対策は、気候変動による海水温上昇を食い止めることです。この地球規模の問題を解決するためには、温室効果ガスの排出を一刻も早くゼロにするしかありません。

オーストラリア政府が直面する課題

オーストラリアは世界有数の石炭産出国で、経済は大きく石炭産業に依存しています。しかし、石炭を燃焼させることで生じる大量のCO2は温暖化への影響が大きいと指摘され、世界が「脱石炭」に向けて動き出す中で、オーストラリアでも「脱石炭」の声が高まってきています。

オーストラリアは広大な土地と多様な生物種を有していますが、グレートバリアリーフをはじめとした自然環境への被害や近年多発している大干ばつなど、様々な温暖化の影響を受けています。そのような中で、世界最大の石炭輸出港がある南東部ニューサウスウェールズ州の都市、ニューカッスルは昨年8月、化石燃料産業への投資を続ける金融機関との取引を止め、持続可能な事業への投資に重点を置くことに転換する方針を発表しました。
オーストラリア7番目の都市ニューカッスルが持続可能な事業への投資に舵を切ったことは大きな一歩です。オーストラリア政府は、今後どのように温暖化対策という深刻な世界共通の課題と自国経済の折り合いをつけていくのでしょうか。

「人類にとってかけがえのない価値」を持つ自然が世界遺産の「自然遺産」に登録され、登録されれば緊急な保護対策が求められるはずなのですが、残念ながら世界の多くの「世界遺産」が開発や自然破壊の危機に直面しているのが現実です。このような多くの地域では自然よりも経済や産業の発展が重視されるため、対策への優先度が下げられてしまっています。しかし、オーストラリア政府に限らず各国政府が対策を見誤っている猶予は残されていないのではないでしょうか。

<脚注>
*1 ナショナル・コーラル・ブリーチング・タスクフォース
Coral Bleaching Taskforce documents most severe bleaching on record
*2 除外されたオーストラリアの世界遺産:グレートバリアリーフ、カカドゥ国立公園(Kakadu National Park)、タスマニア原生地域(Tasmanian Wilderness)の一部など
*3 危機遺産:武力紛争、自然災害、大規模工事、都市開発、観光開発、商業的密猟などにより、その顕著な普遍的価値を損なうような重大な危機にさらされている世界遺産。2015年12月時点で「危機にさらされている世界遺産リスト(危機遺産リスト)」に登録されているのは48件。(日本ユネスコ協会連盟掲載情報

<参考>
ARC Center of Excellence: Coral Reef Studies, Media Release
Only 7% of the Great Barrier Reef has avoided coral bleaching

 

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