私は以前、国際協力NGOで働いており、ネパールの首都カトマンズでの川の保全とごみに関する環境教育を通じた地域づくりプロジェクトを担当するために、ネパールに住んでいたことがあります。また近いうちに休暇をとって現地を訪問したいなと考えていたところに、とても衝撃的なニュースが流れてきました。2026年8月26日朝、ネパール・ラスワ郡のボテコシ川(トリスリ川)流域で発生した土石流(flash flood)による大規模洪水が数々の集落や道路、橋、水力発電所1を襲ったのです。
大規模洪水はネパール北部にあるチベット自治区との国境付近で発生したにもかかわらず、100km以上先のネパール南部の町ムグリンにまで達したと報告されており(だいたい京都から名古屋までの距離です)、あんなに遠くまで洪水が到達したのかと信じられない気持ちでニュースを見ていました。
発生から時間が経ち、被害状況が少しずつ明らかになってきています。ネパール政府によると、9月9日時点で13,646人が救助されたものの、死者1,367人、安否不明者5,132人に達しているいうことです。洪水の影響は広範囲に及んでおり、多くの人が避難を余儀なくされ、復旧にも時間がかかるとみられています。
犠牲となられた方に哀悼の意を表すとともに、一人でも多くの方が救出され、一刻も早い復旧を祈るばかりです。
何が起きたのか
8月26日朝、チベット自治区との国境に近い標高7,234mのランタン・リルン山付近の氷河が大規模に崩落しました。当初は地震が発生したとみられていましたが、氷河崩落の衝撃により大きな揺れが発生したことがわかりました。谷底に崩落し溶けた氷や水、土砂は国境沿いを流れるレンデ川に流入し、一時的に土砂などが堆積して湖ができました。そしてそれが決壊すると、一気に下流(ネパールで言うとボテコシ川(トリスリ川))に流れ込み、大規模な洪水災害となったということです。8月28日ごろにはチベット側で土石流によって川にできた堰止湖(Barrier Lake)の水位上昇も確認され、二次災害の恐れも指摘されました。
図:2026年ネパールの土石流・洪水による土砂災害と洪水の被害地図

気候変動の影響は
Carbon Briefが9月8日時点での科学者の分析や知見をとりまとめた記事では、今回の災害と気候変動との関連について「イベント・アトリビューション」を用いた研究結果がまだ発表されておらず、また、通常、氷河崩落は様々な要因によって引き起こされるもので、現時点では気候変動だけを災害の原因として特定することはできないとしています。それでも、氷河崩落発生現場の気温が確実に上昇していることや、多くの専門家がこの地域の気温上昇と永久凍土の融解を結びつけていること、「温暖化(気候変動)によって発生確率が高まった可能性はある」と多くの科学者が指摘していることを記事内で紹介しています。
将来的な災害に備えた対策を講じるためにも、詳細な分析が待たれます。
9月18日追加:国際的な研究グループである「World Whether Attribution」は、9月17日に、今回のネパール大洪水に関する分析結果を公表しました。今回の災害は複合的な危機として発生しており、気候変動は氷河崩壊の根本原因というよりは、もとから崩れやすかった地質的な脆弱性をさらに悪化させる要因になったと分析しています。同分析では、化石燃料からの温室効果ガス排出により、ヒマラヤ地域では地球平均を上回る速度で気温が上昇していることが、このような災害の発生確率と深刻度を高めていることを指摘しています。これに対し、適応策の強化が求められるものの、この規模の事象は適応の限界を超えるものであり、損失と損害に対処することは避けて通れないと警鐘を鳴らしています。
ネパールでの大規模洪水と気候正義
同地域で発生する洪水被害は、今回が初めてではありません。また、ネパールは地球温暖化による氷河湖決壊洪水(GLOF)に何度も見舞われてきました。今回の洪水被害で山岳地帯の脆弱性が改めて浮き彫りとなりました。
私たちが目をそらしてはならないのが、歴史的な排出責任が小さい国や地域に、気候変動による大きな被害がもたらされる不公平性をどう是正していくか、という気候正義(Cllimate Justice)の問題です。今回の洪水被害に対し、環境NGOらからは被害にあった方々への連帯を示すとともに、国際社会に対して気候正義や損失と損害対応を求める声が上がっています。
加えて、この洪水に関する地元ネパールの報道でも「気候正義」という言葉がよく目に入るようになりました。ネパール最大手新聞のカンティプール紙(कान्तिपुर)では、SNS投稿や社説などをとおして気候正義について議論しています。たとえば、ネパール語で書かれた『気候正義のリーダーシップを発揮するべき時だ(जलवायु न्याय नेतृत्वको समय)』というオピニオン記事で、ネパールはこの洪水被害に対して、気候変動に関する国家の義務についてのICJの勧告的意見をもとに、先進国の大幅な排出削減を要求することを、人道支援の問題ではなく国際的な約束の履行の問題として提示するべきだと述べています。
こうした議論は政治家たちの発言にも表れています。この記事ではカナル外相が「ネパールは温室効果ガスの排出量が世界で最も少ない国の一つでありながら、地球温暖化による最も深刻な影響に見舞われている」と述べたことを紹介しています。地元メディアでは、ポウデル大統領が、国際社会に対し、「ネパールのような環境的に脆弱な国々の声に耳を傾けるだけでなく、気候正義を確保し、具体的かつ実効性のある措置を講じてほしい」と呼びかけたことを取り上げました。同記事では、今回の洪水による資産、住宅、インフラの被害額は25億6000万米ドル(約3,923億円)に上るという試算を紹介しています。また、別の記事では、この大規模洪水により1,806haの土地が被災し、食料生産量が7,686トン減少する見込みであること、それにより食料輸入依存がより高まるリスクを報じました(これら報道は先述のカンティプール紙の英語版The Kathmandu Postより)。こちらの記事では、被災者(特に子ども)の心のケアや息の長い支援も必要だとしています。
2024年のネパールの年間CO2排出量は1,880万トンで、世界全体のわずか0.05%を占めるにすぎません。また、1751年以降の累積排出量は世界全体の累積排出量の0.01%です。一方、1750年以降の累積排出量の多い国々はアメリカ、中国、ロシア、ドイツ、UK、日本…と続きます。

https://ourworldindata.org/data-insights/which-countries-have-contributed-the-most-to-historical-co-emissions
今や、世界各地で気候変動の影響とみられる災害が頻発していますが、ネパールのような歴史的排出責任が小さい国や地域では、災害に脆弱な国であることも多く、災害が起きたときに被害がより深刻となる傾向にあります。また、救援・復興活動に多額の資金が必要となり、教育等への予算分配が後回しにされたり、国際金融機関等からの借款による大きな負債を抱えることにもつながります。
途上国から、歴史的な排出責任の大きな国が率先して気候変動対策に取り組み、損失と損害への対応2や、気候資金の調達にも貢献すべきであるという訴えは、こうした背景から生まれています。気候変動による海面上昇の危機に直面している太平洋島嶼国は30年以上前からこの問題を指摘してきました。
9月8日よりニューヨークで第81回国連総会が開催されていますが、シャハ首相が出席する予定であると地元を含めた複数メディアが報じています。国連総会の場でネパールへの気候変動の影響について発信するとともに、気候正義や復興支援を各国に呼びかけるものと思われます。
日本も含め、歴史的排出責任の大きい国々は、こうした声に応答し、実効性のある排出削減策と国際支援のあり方を見極め、実行に移していくことが求められています。気候変動が進めば進むほど、災害が激甚化し、復興や適応のためのコストも上昇します。この意味で、世界全体の温室効果ガス排出を急速に減らし、気温上昇を0.1℃でも食い止めていくことがとても重要です。
詳細な原因分析が待たれるところですが、少なくとも、今回の大規模洪水は、偶然起こった自然災害で終わらせてはいけないと思います。
現地での救援・復興活動に取り組む団体を寄付で応援するという「今すぐ出来る/今すぐ必要とされている支援」とともに、自国の政府や企業に気候変動対策の強化を訴えていくことも、気候変動の影響に脆弱な国・地域・人に思いを寄せ、連帯を示す方法になるのではないでしょうか。
脚注
- ネパールは内陸国のため、燃料の大半をインドから輸入しています。近年、電力については、豊富な水資源を活用した水力発電が主力(ほぼ100%)となっており、近隣国にも輸出しています。しかし、BBCでは今回の洪水で12か所の水力発電所が甚大な被害を受け、ネパールの総発電容量の10%以上が停止したと報じています。 ↩︎
- 2022年、パキスタンで発生した洪水では国土の3分の1が浸水し多くの命が失われました。激甚化する気候災害を背景に、同年のCOP27で「損失と損害基金(FRLD)」の設立が決定されました。ネパールもすでに申請していた2000万米ドル(約3億円)の資金を受け取ること、今回新たに緊急要請をしたことが報じられています。ただ、各国の拠出は、損失と損害に取り組むにはまだ足りないと言われており、さらなる拡充が求められています。
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