気候ネットワークでは、脱石炭をめざすJapan Beyond Coal(JBC)の取り組みを進めてきました。一方で、地域の声として聞こえてきたのは、脱石炭による地域経済への影響を懸念する声でした。

私は、神戸で脱石炭について、地域の方々と問題提起を続けてきました。その中で、ある地域住民から「もしも相手企業が倒産した場合、責任を取ってくれるのか?」と問われたことがあります。

私は、こう答えました。

「地球環境のことだけでなく、相手企業の将来のことを考えても、石炭火力発電所の新設は望ましいものではないと考えている。事業を強行してもしも倒産した場合、それは経営選択を誤った結果。そうならないように、石炭火力事業を考え直すように呼び掛けている。」と。

当時の回答は、ビジネスにおける自己責任の原則としては、筋の通ったものだったかもしれません。

しかし、今あらためて考えると、それだけでは答えになっていなかったと思います。

企業が事業を縮小し、あるいは撤退するとき、その影響を受けるのは企業だけではありません。関連する取引先があり、労働者が利用する地域の商店、自治体には税収があり、長年にわたって企業とともに形成してきた地域経済の社会があります。

事業の縮小・撤退は企業にとって合理的な経営判断でも、地域経済にとっては、暮らしそのものの転換を迫られる出来事になります。では、脱炭素化によってそうした転換が避けられないとき、地域にとって何を考えなければならないのでしょうか。

「次の企業を誘致すること」「次の巨大産業をつくること」は、よく期待されることです。実際に、別の関連産業がスライドして入ることで、跡地利用がスピーディーに進むこともあるでしょう。しかし、地域住民の参画なしに、地域の将来にとって重要なことを決めてしまって良いのでしょうか。

この問いを考えるうえで、いま注目されているのが「公正な移行(Just Transition)」という考え方です。

大規模な工場の閉鎖が相次いでいる

こうした問題は、決して遠い将来の話ではありません。

今、日本各地で、地域経済を長年支えてきた大規模な工場や発電所が、脱炭素の伸展や経営合理化が図られる中で、相次いで役割を終えています。

  • 広島県呉市:日本製鉄 呉製鉄所(2023年閉鎖)
  • 三重県尾鷲市:中部電力 尾鷲三田火力発電所(2018年廃止)
  • 和歌山県有田市:ENEOS 和歌山製油所(2023年精製機能停止)
  • 兵庫県赤穂市:関西電力 赤穂発電所(2025年廃止)
解体中の日本製鉄瀬戸内製鉄所(呉市) (PhotoAC)

これらは、単に事業所がなくなるという話だけではありません。巨大な工場や発電所は、そこで働く人だけでなく、関連する企業や港湾、物流、商業、自治体の税収など、地域経済の様々な部分と結びついています。その撤退は、地域にとって大きな変化をもたらすものになります。

そして、こうした変化はこれからさらに増えていくことが予想されます。

脱炭素化は、気候変動を抑えるために喫緊の課題です。同時に地域では、人口減少、エネルギー需要の変化、設備の老朽化、国際競争など、さまざまな変化も同時に進んでいて、これらに対応することも重要な課題です。脱炭素化は喫緊の課題ですが、人口減少、エネルギー需要の変化、設備の老朽化、国際競争、産業構造の変化など、さまざまな要因が重なっています。20世紀に形成された産業構造そのものが、大きな転機を迎えています。

そこで問われるのが、産業構造の変化と地域の将来をどう結びつけていくのか、という問題です。

跡地に新しい工場を誘致するのか…あるいは、新たな大型事業を呼び込むのか…これまでと違う地域の未来を描くのか。そして何より重要なのは、その選択をするのは誰なのでしょうか。

ILOが示す「公正な移行」とは

この問いに向き合ううえで、重要な指針となるものが、国際労働機関(ILO)が2015年に策定した『環境面から見て持続可能な経済とすべての人のための社会に向かう公正な移行を達成するためのガイドライン』です。

このガイドラインでは、持続可能な社会への移行を進めるにあたって、社会的対話、ディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)、社会的保護、人材育成などが重要な要素として位置づけられています。

ここで重要なのは、「公正な移行」が、単に失われる雇用を別の仕事で埋めたり、閉鎖された事業所を別の産業に置き換えたりすることではない、という点です。

問われているのは、移行の結果だけではなく、そのプロセスが公正であるかということです。

行政や巨大企業がトップダウン(※)で「次の事業」を決め、それを地域住民や労働者に後から提示し、受け入れるかどうかを選択させる。それだけでは、「公正な移行」とはいえません。

(※ともすれば、地域住民が関与できないレベルでいきなり事業決定が行われるケースもあります。)

構想をつくる段階から、労働者、地域住民、企業、行政など、多様な主体が意思決定に関わることが重要です。

「公正な移行」とは、次の産業を誰かが用意してあげることではなく、その地域の未来を誰が、どのように決めるのかを問い直すことなのではないでしょうか。

地域が意思決定し、未来へ再出発するために

では、実際に大規模な工場や発電所がなくなった地域では、その後の未来がどのように描かれているでしょうか。呉市をはじめ各地の先行事例では、巨大な事業の撤退後に、別の大型事業や国家主導の事業によって地域経済を支えようとする動きも見られます。しかしそれでは、地域が自ら選択肢を模索したことにはなりません。

一方で、三重県尾鷲市では尾鷲三田火力発電所の廃止に際して、尾鷲市は地域の農林水産資源を活かし、環境問題への貢献に関心を持つ企業や個人の参加を得ながら、カーボンニュートラル、ネイチャーポジティブを目指す取り組みが行われています。また、発電所の運転に携わっていた企業が、耕作放棄地の再生、キャンプ場の整備などを通じて、地域の交流・居場所づくりを行いながら、地域に合ったトランジションの姿を模索しています。ILOの言う、自律的で公正な移行の一つのあり方かもしれません。

そしてこれから、兵庫県高砂市でもJ-POWER高砂火力発電所(50万kW)が2028年度末までに廃止を迎えます。高砂の土地と地域経済をどうしていくのか…廃止までの残された時間を使って地域の住民、労働者、事業者、行政が一緒になって、自発的に未来を描き出すのか。高砂はまさに「これから」公正な移行のプロセスが問われる現場となりそうです。

「公正な移行」とは、単に古い産業を新しい産業に置き換える経済政策ではありません。地域の未来を決める時間と参画の機会を保障し、地域が自ら未来を描き、再出発するための重要なプロセスです。脱炭素化や産業構造の変化によって、これまでの地域のあり方が変わっていくことは避けられません。しかし、「何がなくなるのか」だけではなく、「その先をどうするのか」を地域自身が考えることはできます。

そのための時間を確保し、選択肢をつくり、さまざまな立場の人が意思決定に参加する。

それこそが、「公正な移行」の出発点なのではないでしょうか。

これから各地で進む産業構造の転換が、地域に新たな巨大事業を呼び込むだけのものではなく、地域が自ら未来を選び、描いていく機会となることを願っています。

【参考】

【事例集】公正な移行―脱炭素社会へ、新しい仕事と雇用をつくりだす―

気候ネットワーク通信 169号 火力が撤退した町から学ぶ ジャスト・トランジションのヒント【尾鷲市編】

この記事を書いた人

Yamamoto