2019年に石炭火力発電所の建設計画が中止された千葉県の袖ケ浦市では現在、大規模な天然ガス火力発電所の建設が計画されています。その袖ケ浦市で、昨年(2021年)の12月25日、火力発電の問題に取り組んできた市民団体「袖ケ浦市民が望む政策研究会」が主催する講演会「気候変動から私たちの未来を考える ~私たちにできること~」が開催され、気候ネットワーク理事の平田仁子が基調講演を行いました。本稿ではその内容についてご紹介します。
石炭火力発電の建設を止めた袖ケ浦の市民
2015年、東京ガス、九州電力、出光興産が共同出資する千葉袖ケ浦エナジーは、袖ケ浦に石炭火力発電所を建設する計画を発表しました。計画された石炭火力発電所の設備容量は200万kWと大規模で、CO2の年間排出量は1200万トンにも及ぶものでした。この計画の問題点を指摘し、計画の再考を求めて活動してきたのは、袖ケ浦市民が望む政策研究会や、石炭火力を考える東京湾の会に参加する地元の市民たちです。
気候ネットワークは、2012年以降に日本で新たな石炭火力発電所の計画が急増したことを受け、各地で地域の人々と協力しながら、石炭火力の建設を止めるために活動を進めてきました。袖ケ浦市民が望む政策研究会の皆さんは、その中でも最初に連絡を取り、連携を模索してきたパートナーでした。これまでに、電力会社の本社前でのアクション、メディアとの橋渡し、環境省との対話など、様々な取り組みを共に続け、結果として、袖ケ浦での石炭火力発電所の建設を止めることに成功しました。(計画中止に対する気候ネットワークのプレスリリース)
基調講演を行った平田が昨年、環境分野のノーベル賞とも呼ばれるゴールドマン環境賞を受賞した理由は、日本で2012年以降に建設が計画された50基の石炭火力発電所のうち、17基を止めた功績でした。講演の中で平田が、「袖ケ浦も含め各地域の市民の動きがあり、それがメディアの注目を集め、事業者に声を届けることができた。その意味で、皆さんと一緒に取った賞だと思っている」と話したように、袖ケ浦の人々の取り組みは、気候危機に立ち向かう世界の動きとつながった、非常に重要な取り組みです。
袖ケ浦の石炭火力発電所建設は中止になりましたが、東京ガスは同じ場所で2020年6月、天然ガス火力発電所の建設計画を発表し、今計画が進められています。天然ガスは石炭よりCO2排出量が少ないとはいえ、計画されているのは200万kWの大規模発電所であり、100万kWの石炭火力発電所と同等の大量のCO2を排出します。運転開始は2028年とされており、脱炭素の加速を目指す世界の取り組みや、2030年にCO2を46%削減するとする日本政府の目標との整合性も危ぶまれます。現在、この計画は環境影響評価プロセスにあり、「準備書」の市民への公開を待つ段階にあります。この問題への関心や理解を広げるために企画されたのが、今回の講演会です。
市民の力は小さくない ~市民参加で未来を創る~
平田の講演は4部構成で、最初に気候変動の現状を紹介しました。気候変動にはもはや、科学的に疑う余地がありません。昨年発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書は、地球温暖化(気候変動)は確実に起きており、その原因は人間の活動であると断定しています。そして気候変動はすでに世界中で極端な気象現象や自然災害を引き起こしており、温室効果ガス排出を続けることで今後さらに気温が上昇し、自然災害も拡大することがわかっています。人類が今後も社会を維持していくためには気温上昇を1.5℃以内に抑える必要がありますが、そのために排出できるCO2の量はほんのわずかしか残っていません。
第2部では、気候変動を抑えるための世界の動きを紹介しました。昨年のCOP26で合意に至った重要なポイントは、①気温上昇を1.5℃に抑えること、②2022年までに各国の2030年目標を見直し、強化すること、③クリーンな電力の普及加速、石炭火力の削減、化石燃料への補助金廃止、④途上国の適応支援の資金を2025年に倍増することです。そして、今後10年の取り組みが非常に重要とされています。
一方で、日本は取り組みの遅れが目立ちます。第3部では、日本ではまだ160基以上の石炭火力が稼働していることや、政府が取り組む水素・アンモニアの燃料利用の問題を説明しました。水素・アンモニアは「カーボンフリー」と宣伝されていますが、原料が化石燃料であり、製造や輸送でもCO2を排出し、発電燃料として使用してもCO2を2割程度しか削減できないといった問題があります。本当に実用化できるのか、コストが安くなるのかも先が見えません。それよりも、海外で急速に実用化の進む再エネへの投資に舵を切ることが重要です。
第4部では、「私たちにできること」として、CO2を大量に排出する産業や社会の構造を変えることの重要性を訴えました。気候変動に問題意識を持ち、節電やプラスチックごみ削減などに取り組む人は増えつつあります。こうした、個々人が少しでも環境にやさしい生活を選ぶ努力はもちろん大切ですが、気候危機の緊急性を前にすれば、それだけでは決して十分ではありません。個人の生活の小さな変化にとどまらない、地域や組織単位での取り組みに、いかに多くの人が参加できるかに今後がかかっています。
最後に、袖ケ浦から未来をつくるための提案として、①袖ケ浦市でカーボンニュートラルを宣言すること、②新規の火力発電建設に反対の姿勢を明らかにすること、③再エネ・省エネの普及を本気で進めるために、自治体に支援策を求めること、④脱炭素後も豊かな地域を作るための移行支援を考えることを挙げました。袖ケ浦には発電所の他にも化石燃料と関連する工場が数多く立地しています。気候変動に向き合う中で、この工業地帯は大変革を余儀なくされます。雇用や地域への悪影響を回避し、より豊かな地域の将来を目指す「公正な移行」※の取り組みが袖ケ浦でも求められます。人々の雇用や地域の将来は、企業だけでなく地域全体で考える必要があり、そのための対話や議論の場を作り、積極的に参加できる市民が増えることが重要になります。
※「公正な移行」については気候ネットワークが各国の事例を紹介する冊子を発行しています。
より良い地域のために私たちにできること
続いて、袖ケ浦市民が望む政策研究会事務局長の富樫孝夫さんから、「千葉袖ケ浦天然ガス発電所に対する『私たちの評価書』」と題する講演がありました。富樫さんの計算によれば、袖ケ浦で計画中の天然ガス火力発電所(200万kW)が稼働すれば、すでに多数の火力発電所が立地する袖ケ浦全体の火力発電設備容量は628万kWとなり、四国電力や北海道電力の火力発電設備容量を上回ることになります。袖ケ浦の市民は、小さな地域に多数の火力発電所が集中することによる大気汚染や、気候変動対策との整合性について不安や疑問を抱いています。
気候危機と立ち向かうために世界は脱炭素へ舵を切り、海外では再エネが急成長していますが、日本は変化の波に乗り遅れています。国土の狭い日本は風力発電や太陽光発電の設備を設置できる土地が限られているなどと言われますが、工場や学校、スーパーやホームセンターなどの商業施設には、未利用の屋根がたくさんあります。建物の屋根や壁面への太陽光パネル設置を進めれば、大きな発電量を確保できます。
袖ケ浦市は環境基本計画と地球温暖化防止計画を定め、再エネ活用、省エネ推進、温室効果ガス排出削減、気候変動による影響への適応策の推進を進めるとしています。これに基づいて市役所の節電などが取り組まれていますが、市の施設にはまだ太陽光発電設備が導入されていません。一方、先進的な企業や個人宅では、太陽光パネルの設置やEV(電気自動車)の充電設備の導入が始まっています。
袖ケ浦市の気候変動対策を進めるためには、市民による働きかけが重要です。私たちにできることとして、①市長との情報交換進め、公共施設への太陽光発電・蓄電設備の導入を進める、②地元企業に働きかけ、太陽光発電・蓄電設備の設置やグリーン電力の購入を推奨する、③ブログ等で意見や取り組み事例を発信する、④教育長などとも相談しながら、気候変動の影響を最も受ける若者への発信を強化することを提案しました。
講演会に参加して
この日、会場には予定していた70名を超える大勢の市民のほか、複数の市議会議員や市職員の方々も来場し、活発な質疑応答が行われました。講演会のタイトルに「私たちにできること」とあったように、気候変動を止め、地域の未来をより良くするための取り組みに積極的に参加したいという来場者たちの思いがうかがわれました。
講演の中で平田と富樫さんが共に強調していたのは、気候変動を止めるための取り組みに市民が参加することの重要性や、一人ひとりの市民ができることは決して小さくないということでした。気候変動という地球規模の課題を解決することや、そのために国や企業のエネルギー政策を変えることは、自分たちの手には負えない途方もないことのよう感じるかもしれません。しかし世界中の市民が声を上げることで、変化はすでに始まっています。この変化を日本でも加速させ、さらに確実なものにするために、私たちにはまだまだできることがたくさんあるはずです。平田の話の中にもあったように、この日の講演会が多くの人にとって、すぐに目の前でできること以外に、政治や社会を変えるために何ができるのか考えるスタート地点になれば良いと思いました。
(森山)
気候ネットワークや袖ケ浦市民が望む政策研究会は、袖ケ浦で計画されている天然ガス発電所の建設の問題に取り組んでいきます。地域の今後について一緒に考えたい、活動したいという方は連絡をお寄せください。火力発電の課題を抱える他の地域の方からのご相談もお待ちしております。
この記事を書いた人
- 気候ネットワーク東京事務所職員。
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