気候ネットワークは2024年9月25日に「エネ基連続ウェビナー第5回:再生可能エネルギー100%を目指して」を開催しました。本ウェビナーでは法政大学教授の高橋洋さんをお招きし、「再エネ大規模導入に向けた電力システム改革のあり方〜南オーストラリア州の事例から」と題して南オーストラリア州の再エネ拡大の事例をご紹介いただき、日本への示唆を考えました。高橋さんのお話の概要を「気候ネットワーク通信」160号で紹介しましたが、本記事では誌面に掲載しきれなかった分も含め、より詳しくご紹介します。
再エネ大量導入のもう一つの事例
日本での再エネをめぐる議論では、「太陽光や風力などの再エネ電力には変動性があるため、電力システムを改革しなければ導入を拡大できない」という説明を度々耳にします。これは従来の大規模・集中型電力システムの維持を前提として、安定供給のためには原子力のようなベースロード電源が欠かせず、需給調整には火力が必要であり、発送電は一体であるべきという考え方です。政府のGX政策にはこの思想が良く現れています。
再エネが既に大規模導入されている国の事例は、いくつかに分類することができます。ノルウェーやカナダ、アイスランド等は水力発電が中心の国です。デンマーク、ドイツ、英国等は最近20年ほどで太陽光や風力などの変動性再エネを増やしました。しかし、欧州は電力網の国際連携線が活用できるため、日本には参考にならないとする説明もされてきました。今回紹介するオーストラリアの南オーストラリア州(以下「SA州」)は、もう一つの異なる事例で、強力な連携線を持たず、蓄電所を活用して需給調整や周波数調整を行っているのが特徴です。
大規模蓄電所を建設し再エネ74%を達成
オーストラリアは石炭の大輸出国であり、電力のうち49%を石炭火力に頼っていますが、再エネの割合も30%を越えています。今回注目するSA州はオーストラリア南部に位置し、日本の2倍強の面積に180万人が暮らす州で、人口の多くは沿岸部に集中しています。SA州の特徴は、電力の再エネ割合が74%で、そのほとんどが太陽光や風力などの変動性再エネである点です。2007年時点ではほぼゼロだった再エネを、15年程度で急速に増やしてきました。SA州は石炭火力を2016年に廃止し、ガス火力の割合も減らしています。
SA州では2000年代初頭から労働党が州の政権を担い、再エネを推進してきました。2008年に太陽光FITを開始、2009年に新築政府施設への太陽光パネル設置を義務化するなど、再エネ推進政策の開始は日本と比べそれほど早いわけではありませんが、2015年には再エネ40%を達成しました。
2016年9月、SA州では歴史的規模の暴風で送電線が被害を受け、州内で大規模停電が発生しました。同年5月に経済的メリットがないという理由で州内の石炭火力が運転を停止していたため、火力の削減が原因で停電が起きたという批判も州内外から寄せられました。一方でテスラ社のイーロン・マスクが大規模な蓄電所を100日以内で建設できると発言し、論争が巻き起こされました。結局、SA州は石炭火力の再開ではなく、蓄電池で対応する道を選び、2017年にテスラ社が実質60日ほどで、100MWのホーンズデイル蓄電所を建設しました。
2023年、電力の再エネ比率が74%となったSA州では、再エネ100%を達成した日数が年間289日に及びました。屋根置き太陽光パネルだけで電力の100%を供給できる時間も増えています。SA州は再エネのネット100%達成目標を2027年に前倒ししたほか、余剰電力でグリーン水素を製造し、輸出することも計画しています。
高い経済性と安定供給を実現
SA州では90年代まで公営の会社が発送電を一貫して担ってきましたが、1999年の自由化・民営化により、現在は発送電が分離され、複数の発電会社、送電会社、小売会社が事業を行っています。そんな中で大規模蓄電所はどんな役割を果たしているのでしょうか。
まず、蓄電所には充放電による需給調整の役割があり、価格差の鞘取りによる収入も生んでいます。次に、州政府との契約で周波数調整サービスを提供しています。蓄電所は火力より早い応答速度での周波数調整が可能といいます。さらに、合成慣性(synthetic inertia)を提供し、火力の役割を代替しています。日本の電力システムをめぐる議論では、火力発電が必要な理由として、「再エネでは慣性(需給バランス変化に対して周波数を維持する能力)が提供できない」ことが度々強調されているので、再エネによる合成慣性の提供は注目すべき点です。また、大規模蓄電所は緊急用バックアップ電源としての役割も果たしています。ホーンズデイル蓄電所は、100MWのうち30MWが周波数調整サービス、70MWがバックアップ用として活用されているそうです。
大規模蓄電所は経済性でも優れています。ホーンズデイル蓄電所は建設費9000万A$(約80億円)のうち1000A$を州と連邦の補助金で賄っていますが、運転開始後は2018年の第1四半期だけで、鞘取りと周波数調整サービスによって250万A$の純利益を事業者にもたらしました。これに加え、緊急用バックアップ契約からも同じくらいの収入があると報道されています。単純に計算すれば、年間で2000万A$の収入があり、約5年で建設費が回収できることになります。
大規模蓄電所は事業者だけでなく、州政府にとっても利益があります。周波数調整サービスの費用は州政府が支払っていますが、大規模蓄電所との契約によって、経費を90%(1.16億A$)削減することができました。
こうした経済性の高さから、ホーンズデイル蓄電所は2020年に150MWへ増強され、2023年にはAGL社も250MWの蓄電所を新設しました。AGL社はガス事業も行う老舗の発電小売事業者です。高橋さんの訪問時は、ガス火力発電所の跡地に建てた蓄電所について、AGL社員が胸を張って紹介する様子が印象的だったといいます。
SA州では州政府とテスラ社、小売事業者がメインアクターとなり、VPP(Virtual Power Plant=需要側・分散型エネルギー源を束ねた「仮想発電所」)も2018年から活用されています。各家庭の屋根置き太陽光や蓄電池、EV、DR(電力需要の制御による需給調整)などを束ねて運用する仕組みで、テスラ社が蓄電池や太陽光パネルを家庭に無料で設置するほか、加入した5500以上の世帯には市場の最安値で電力が供給されます。VPPは周波数安定化に寄与しており、2022年に暴風雨の影響でSA州と他州の電力連係線が途絶えた際にも、分散型電源の強みを生かし、安定供給を維持しました。
蓄電池の多面的な便益と日本への示唆
SA州の事例は、日本に対していくつかの示唆を与えてくれます。まず、ベースロード電源は必ずしも必要ないということです。SA州はベースロード電源となる原子力も石炭火力も、大規模水力も持っていません。変動性再エネ74%とガス火力26%に蓄電池を加えることで、周波数調整や慣性の提供もできています。
次に、電力網の広域連携は絶対条件ではないということです。欧州の場合は広域・国際連携を重視してきましたが、オーストラリアには国際連携線がなく、SA州と隣接州の間にも細い連係線しかありません。地域間連係線がそれなりに整備された日本と比べ悪条件と言えるSA州でも、変動性再エネを74%まで高めることができるのです。
また、蓄電池には充放電だけでない多面的な便益がある点も重要です。蓄電池にはミリ秒単位の応答速度があり、景観等の問題が起きにくく立地が容易で、建設期間が短く、高い経済性があります。
以上のような示唆に対し、SA州は人口が少ないから再エネ導入が容易なのであり、人口や産業規模の大きな国は真似できないという否定的な反応も予想できます。しかし、日本でもまず北海道で似た仕組みを取り入れる等の方法があります。なお、電力システムは小規模なほど調整が難しく、コストも上がりやすくなるため、規模が小さいから参考にならないということはありません。オーストラリアはSA州での取り組みを他州への展開し、国全体の再エネ電力比率を2030年までに82%まで高める計画を持っています。
日本には既に水力発電のインフラがあり、揚水発電の規模は世界最大級です。連係線もオーストラリアのものより太く、広域連系系統のマスタープランもあります。ここに蓄電池を加えることで、再エネ中心の電力システムを上手く運用できるはずです。市場メカニズムが機能し、ネガティブプライスなども取り入れれば、日本でも蓄電所は増加します。SA州の視察を通じ、高橋さんは日本も変動性再エネを増やしながら安定供給を維持できると確信したといいます。
SA州の事例からわかる通り、変動性再エネの大量導入は技術的には可能で、実証事例が各地に広がっています。カーボンニュートラル実現のためには、オーストラリアやSA州がそうであったように、政治が高い目標を掲げることも必要です。政治を変えるためには、有権者が意思を示すことも求められます。20年もかからない間に再エネをゼロから74%まで引き上げたSA州の取組は、希望となる事例ではないでしょうか。
紹介したウェビナーの録画や資料は、気候ネットワークのウェブサイトからご覧いただけます。
この記事を書いた人
- 福島原発事故や大学院時代に取材したトルコの反原発運動をきっかけに、エネルギー政策やそれをめぐる社会運動への関心が高まりました。気候ネットワーク東京事務所で、主に広報業務などを担当しています。
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