気候ネットワークでは、石炭火力政策のウォッチを続け、新設石炭火力をめぐる気候変動訴訟を提起した地域の方々を支援しています。私は2018年から、民事訴訟では神戸製鋼所と関西電力に対する訴訟、さらに、建設を認めた国に対する行政訴訟の2つからなる「神戸石炭訴訟」に継続して関わってきました。

訴訟に携わる中で、「気候訴訟」には特有の難しさがあると感じています。その一つが、裁判の進捗を市民に分かりやすく伝えることの難しさです。専門性の高い主張・立証の内容を、どうすれば市民に理解してもらえるのか。原告や弁護団と議論を重ねながら、試行錯誤を続けてきました。

その試みの一つが、「神戸石炭訴訟」の裁判ドラマ制作です。

気候変動訴訟をテーマとした裁判ドラマが完成!日本の気候変動訴訟における課題を考える

こんにちは。京都事務所の山本です。今回、日本初?と思われる、気候変動訴訟をテーマとした裁判ドラマについて紹介したいと思います。気候変動訴訟について詳しく知りた…

これは、原告の方々の「難しい裁判を分かりやすく伝え、世論を喚起したい」という強い思いから生まれました。ドラマを通じて、裁判の背景や争点を可視化し、市民の関心を深めることを目指しました。

しかし、「訴訟」とか「裁判」に、「争いごと」というイメージを持つ方も多く、再生可能エネルギーをテーマにしたセミナーに比べると、気候訴訟のセミナー等では参加者が限られる傾向があるようです。しかし、気候訴訟は市民の生活に深く関わる問題です。また、裁判所は市民の権利の最後のよりどころです。より多くの人にその内容を知ってもらい、関心を持っていただきたいと考えています。裁判の傍聴は誰でも自由に参加できますし、進捗や判決についてはオンラインでも報告しています。原告・弁護団としても、できるだけ多くの方に参加いただきたいと感じています。

「裁判は縁遠い」と思われがちですが、三権分立の観点から気候訴訟の意義を整理してお話したいと思います。

三権分立と気候訴訟の意義

なぜ気候訴訟が必要なのか?

気候変動対策に関する法律や政策があるのに、なぜ訴訟が必要なのでしょうか?

本来、気候変動対策は政府(行政)が政策を通じて推進すべきものです。しかし、現実にはパリ協定の1.5℃目標と整合した計画が実行されていません。

政府が十分な対策を講じない場合、市民はどうすればよいのでしょうか?気候変動による異常気象などのリスクが、市民の生命や財産に深刻な影響を及ぼす中、「司法」が果たす役割が重要になります。

三権分立の視点から見る気候訴訟

三権分立とは、国家権力を「立法」「行政」「司法」の三つに分け、それぞれ独立させることで権力の集中を防ぐ仕組みです。これにより、権力の暴走を防ぎ、民主主義を守る役割があります。

立法(国会)

国会は衆参両院において「気候非常事態」を宣言し、気候変動が危機的状況にあると認識を示しました。

立法府には、気候政策や法律を制定する役割があります。例えば…

  • 温室効果ガスの排出削減目標の設定
  • 再生可能エネルギーの普及を促進するための法整備

しかし、日本では気候政策の実効性や法的拘束力が不十分で、政策が後手に回ることが課題です。そのため、市民や専門家がより強力な立法措置等を求めて声を上げる必要があります。

行政(政府・自治体)

行政には、国会が制定した法律に基づき、気候政策を実行する義務があります。

  • 国の政策:温室効果ガス削減計画、エネルギー基本計画の策定、炭素価格制度(カーボンプライシング)の導入、再エネ普及支援など
  • 自治体の施策:脱炭素ロードマップ策定、地域のエネルギー転換促進、市民向けの支援策など

しかし、行政が適切な対応を取らず、政策が不十分であり、この点で違法である企業寄りの決定がなされることがあります。たとえば…

  • 政府が化石燃料依存のエネルギー政策を継続
  • パリ協定の1.5℃目標と整合しない削減計画の維持

こうした場合、市民や環境団体が「政策は不十分であり、この点で違法である」として、司法に判断を求めるのが気候訴訟です。

司法(裁判所)と気候訴訟の意義

裁判所は、政府や企業の行為が憲法や法律にてらし違法であるとき、是正を命じる役割を担っています。そのために、行政や企業の対策が不十分であるとして、市民が裁判所に申し立て、裁判を通じて気候政策の強化を求め、裁判での論点や議論を社会で共有して世論を喚起し、気候変動政策に市民の声を反映させるつなげることができます。

このように、気候訴訟は三権分立の仕組みを活用し、市民が議会や行政の気候危機への対応を前進させるための重要な手段です。

気候訴訟が社会を変える

世界では2,300件以上の気候訴訟が提起され、中には裁判所が政府に排出削減目標の引上げを命じ、実際に引上げさせた例なども現れています。昨年9月には、韓国の若者たちが提起した訴訟で、2031年以降の目標が定められていないのは憲法違反とする判決が出されており、東アジアの動向が注目されています。

日本でも、新たな動きが始まっています。2024年8月6日、JERAなど主要な火力発電事業者10社に対し、1.5℃目標と整合する排出削減目標とその実行を求める「若者気候訴訟」が提起されました。台湾でも、気候訴訟は始まっています。

イベントのご案内

気候ネットワークでは、京都大学大学院法学研究科附属法政策共同研究センター・環境と法ユニットとの共催で「気候訴訟で社会を変える—動き出した東アジアの若者たち—」を3月8日に開催します。日本、韓国、台湾の気候訴訟の原告・弁護団が集まり、その狙いや課題について議論します。ぜひ、多くの方にご参加いただきたいと思います!

この記事を書いた人

Yamamoto