先日、世界的俳優ジョニー・デップが写真家・故ユージーン・スミスを演じた映画「MINAMATA」を観てきました。
そのタイトルが示す通り、四大公害のひとつである水俣病が題材です。非人道的な大企業の罪を世界に知らしめた写真家たちと、高度経済成長の日本で未曾有の産業公害に立ち向かう患者と家族たちの姿を描いた作品です。
映画「MINAMATA」
公式ウェブサイト:https://longride.jp/minamata/ |
映画「MINAMATA」レビュー
写真家たちが見た「MINAMATA」
この映画は、米国の写真家ユージン・スミスがアイリーン・美緒子・スミスさんに請われて米国から日本にやってくる場面から始まります(実際は、水俣を撮るよう提案したのは元村和彦さんだそう)。熊本県水俣に降り立った彼らが最初に見るのは、白い布で覆われた――おそらく水俣病患者の――遺体を抱きかかえて道を歩く青年の姿…。
その後、ユージンとアイリーンさんは、公害に苦しむ患者や家族と少しずつ心を通わせ、妨害に遭いながらも、この罪を広く世界に問うため写真撮影を続けます。クライマックスで、湯浴みする上村智子さんとお母さんを撮影するシーンは、写真という芸術表現が――何と表現したらいいでしょうか――いわば人間の尊厳というものに肉薄していたように思いました。
水俣病公害の市民運動
もう一つの重要なストーリーラインとして、加害企業であるチッソに対決する公害患者の抗議活動があります。チッソ側の不十分な「見舞金」や不誠実な対応に対して抗議を続ける人々と、争いに疲れて「和解」を選ぼうとする人々との「分断」の様子は印象的です(多くの公害事件で起きたことです)。
物語終盤で抗議運動のリーダーが公害裁判の勝訴を報告しながら「これはたたかう価値のあるたたかいだった」と声をあげる場面も心に残ります。今、気候ムーブメントに関わっているすべての人(特に若い人たち)にぜひ観てほしいと思いました。
原因企業・チッソの不正義
映画では、チッソの不正義を表すエピソードの一部が紹介されていました。まず、よく知られているように、自社の排水が原因だということを細川一医師のネコ実験結果によって知りえていたにもかかわらず、長年にわたってチッソはそれを隠蔽していたこと(その間にも患者は増え続けました)。
また、チッソ社長が「排水浄化装置”サイクレーター”を設置したから問題ない」と語る場面がありました。映画では明確な説明はなかったように思いますが、そのサイクレーターは世論の手前つけたものであって、濁った水の見た目をきれいにすることはできても、有機水銀の除去機能は最初からなかったということが後に明らかになっています。
写真家たちと公害運動が織りなす人間ドラマ
写真家たちのジャーナリズムや、公害患者家族ら被害当事者の運動が高度経済成長をひた走る大企業の罪を告発するという社会派の作品であり、かつ、人間ドラマとしても心を打つ作品だったと思います。あっという間の115分でした(坂本龍一さんの音楽もよかった)。
個人的には、チッソの問題点をもっとはっきり示してほしかったり、事実と違うのでは?というところが少し気になったという意味で星4つの評価ですが、それでも、ぜひ多くの人に観てほしいと思います。
映画「MINAMATA」を観たかったわけ
公開初日に映画館に足を運んだのは人生で初めて。それには理由があります。
アイリーンさん「俳優がすばらしい」
ひとつには、「原発も温暖化もない未来を!フォーラム」の企画などでアイリーンさんとご一緒したとき、「俳優がすばらしい」と聞いたことがあるからです(アイリーンさんは現在も脱原発をはじめとする環境問題に取り組んでおられます)。実際、製作・主演のジョニー・デップさんの演技は素晴らしかったです(チッソ社長役の國村隼さんは黒縁めがねで本物の雰囲気がよくでている…と思いました)。
水俣病を学ぶ/水俣病に学ぶ
もうひとつは、水俣病について学びたいという気持ちからです。以前、とあるイベントで「水俣病 その二十年」(1976年)を観てから、公害と気候変動に共通する問題に改めて気づかされました。
原因企業が科学を歪め、事実を隠蔽することはその代表例です。また、本来は政府による環境規制の対象であるはずの企業が、その資金力を背景としたロビーイング等を通じて政治・行政を逆にコントロールしてしまう問題(規制の虜)も。これらは、気候変動でも起こってきたことです。
水俣病はまだ終わっていない
水俣病は、まだ終わっていません。今もなお水俣病の裁判は続いていますし、水銀汚染が世界で続いているからこそ「水銀に関する水俣条約」が誕生しました。
映画のエンドロールで東京電力福島第一原発事故を含む世界各地の重大な環境汚染の事件の写真が映し出されたのは、製作者の意図が伝わるよい表現でした。公害の歴史は現在にも連綿と続いている、というよりむしろ、2021年の現在も「公害の歴史」の一部なのでしょう。
CSRだ、ESGだ、SDGsだと言いながら、その裏で環境汚染を続け、弱い立場に置かれた人々を抑圧し、被害者救済の責任を果たさずにいる企業が今はひとつもないと、誰が言えるでしょうか?
本来、CSRもESGもSDGsも、それぞれに重要で現代社会に不可欠なアイディアです。しかし、それが最も苦しむ人々を救うためではなく、巨大ビジネスの問題をごまかすために使われているのだとしたら、私たちはそれに立ち向かわなければならないと思います。
今もなお終わらぬ水俣病と環境汚染、そして気候危機に
映画を観終わってから、書店で今年9月にCREVISから再刊された写真集『MINAMATA』を買い求めました。ページをめくると、映画の場面々々のもととなる出来事や実際の写真作品が心に迫ってきました(映画だけでなく写真集もおすすめです!)。
写真集再刊にあたって、アイリーンさんは「世界中の石炭火力発電所から放出される水銀は、大気への水銀汚染の最大の原因となっている」と書いています。日本にはまさに今も新増設中の石炭火力発電所がいくつもあります。気候変動対策だけでなく、水銀汚染対策の観点からも、脱石炭は喫緊の課題だということも強く感じさせられます。
最後に、ユージン・スミスの言葉を紹介したいと思います。写真集『MINAMATA』の序文で彼はこう書いています。
汚染の増大はどんな反公害の良心も追いつけないほど急である。しかし、私たちが水俣で発見したのは勇気と不屈であった。それはほかの脅かされた人びとを勇気づけ屈従を拒ませるのみならず、状況を正す努力へと向かわせるものであった。
水俣の状況にかかわる正と悪とを振り返って、いま私たちはこの本を通じて言葉と写真の小さな声をあげ、世界に警告できればと思う。
気づかせることがわれわれの唯一の強さである。
W. ユージン・スミス
1975年1月7日
参考文献
W.ユージン・スミス、アイリーン・美緒子・スミス『MINAMATA』CREVIS、2021年。
原田正純『水俣病』岩波新書、1972年。
政野淳子『四大公害』中公新書、2013年。
この記事を書いた人
- 気候ネットワークに所属されていた方々、インターンの方々が執筆者となっております。
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