京都事務所でお世話になっておりますボランティアの一原です。前回の第2回では、実際に世界で起きている気候変動訴訟について、一部ご紹介させていただきました。そして、昨年末にこのブログに追記させていただきましたとおり、昨年12月20日にオランダにて、気候変動対策を積極方向におしすすめようとする意味で大変画期的な最高裁判決が出されました。
今回は、先の予告と異なりますが、この判決の重要性を考え、こちらについて、2回に分けてご紹介し、気候変動訴訟が増加しつつある原因の考察については、次々回以降にご報告したいと思います。
Urgenda対オランダ事件の経緯
オランダは国土の約4分の1が海抜0メートル未満という事情もあり、海水面の上昇をもたらし得る気候変動に対して、国民が敏感であるといわれています。オランダ政府もこの危機感は共有しており、後述するように、気候変動への緊急の対処が必要である点、更には一部の排出削減目標値(2030年に1990年比で49%、2050年に同年比で95%削減)については、訴訟の場でも国は訴訟の開始時から一貫して争っていません。
この事件が提訴されたのは2013年です。かつてオランダ政府は2007年頃から数年の間、京都議定書や国連気候変動締約国会議(COP)などを受け、2020年までに1990年比で30%の削減を達成するという比較的高い目標を掲げて、対策に取り組んできました。ところが2011年頃、その目標を1990年比で20%に引き下げたのです。これはEUが2009年に、EU全体としての削減目標を20%に設定したことを受けた政府の対応でした。
しかし、この10%の削減目標引き揚げを許さなかった886人の市民と環境保護団体であるUrgendaは、国が2020年までに1990年比で40%、または少なくとも25%の削減を達成するよう、裁判所が国に命じることを求めて、裁判を起こしたのです。
ちなみにこの財団の名前であるUrgendaとは、Urgent Agenda(緊急の課題)という意味だそうです。気候変動の差し迫った脅威に対する危機感が伝わってきます。
この提訴から約2年後の2015年、ハーグ地方裁判所はUrgendaの請求を認め、国に対して同財団が求めた「少なくとも25%」の温室効果ガス削減を国に命じました。国は控訴しました。しかし、2018年、ハーグ高等裁判所も第一審判決を概ね支持しました。これに対して、国は膨大な反論とともに最高裁判所に上告しましたが、最高裁判所もほぼ同様の判断をしたのが今回の判決です。それでは、実際に最高裁判決の内容について、ポイントをしぼって見ていきましょう。
争いの対象は?
提訴から約6年をかけて争われた今回の事件では、温室効果ガス排出規制の目標値とその期限が妥当かどうかについて問題とされました。先にも述べたとおり、オランダでは気候変動に対する危機感が高いこともあり、温室効果ガスの排出削減目標については、2030年までに1990年比で49%、2050年までに同年比で95%という数値目標が法律により規定されています。この訴訟では第一審判決から一貫して、提訴当時の削減目標(2020年までに1990年比で20%削減)で、その法定目標の達成が合理的に見込まれ得るかどうかが争われました。
判決のポイントは?
裁判所は、気候変動訴訟において度々問題になる重要な問題について、いくつも重要な判断をしました。順にご紹介します。
1:気候変動が既に現実に生じている危険だと認めた点
最高裁判決はまず、国は、国民に対する配慮義務(duty of care)を負うところ、国民の生命に対する権利や、個人・家庭生活に対する権利に現実かつ差し迫った危険をもたらしている気候変動について、これを防ぐ配慮義務に違反した行為は、違法となることがある旨、判示しました。つまり、裁判所が正面から、気候変動が既に現実に生じている危険であると認めたのです。
これまで、世界の気候変動訴訟の多くにおいて、諸国の裁判所は度々、気候変動を未だ抽象的な危険にとどまるとか、不確かであり権利侵害をもたらすような危険とはいえない、といった判断をしてきました。現在、日本で提起されている気候変動訴訟においても、神戸製鋼の石炭火力建設計画に関する訴訟でも、被告は同様の反論をしています。少し先取りになってしまいますが、この「危険」が意味するところについて、後の最高裁判決では「それが長い時間をかけて現実化するに過ぎないものであっても」足りると明言しています。
つまり、「差し迫った」とは時間的に切迫しているということではなく、その危険がまさに身近に迫っているという意味に捉えたのです。この点は、今述べた他国の気候変動訴訟における裁判所の判断状況を踏まえると大変画期的であり、気候変動という、真綿で首を締められるようにじわじわとその危機が迫ってくる問題の本質を突いた判断だといえると思います。
2:世界全体に対する排出量の割合が少なくても、責任は減免されないと認めた点
この点について、被告である国は、その反論の1つで、オランダの温室効果ガスの排出量が世界全体に占める割合が比較的少量にとどまるため、オランダ一国で解決できる問題ではないと主張していました。これに対して最高裁判所は、排出量が世界全体に占める割合を問わず、国際合意により負担することとされた割合分について削減義務を負うことに変わりはないことを明確に述べました。
実際、オランダの場合はEU内において、EU全体として削減しなければならない温室効果ガスの総量について、加盟国内でいかに分担するかについて、取り決めがなされます。他国と比較して自国の割合が多い、少ないという理由である国が自国の義務を果たさなければ、総量として目標値までの削減を達成することはできなくなります。これはEUに限らず、パリ協定の下で今日、日本を含むすべての加盟国に共通して言えることです。
3:一旦表明した削減目標を引き上げるには合理的な説明を要するとした点
次に、最高裁判決は、最終的な削減目標値が高いものにとどまっていても、いったん表明した中間時点における削減目標を引き下げることは、そうしても最終的な目標達成が可能であり、現在の引き下げが今後の削減行程を困難又はコストのよりかかるもの、そしてリスクの高いものとはならない点について、合理的な説明なく行うことは許されないとも判示しました。
すなわち、削減対策を後回しにすればするほど、いわゆるティッピング・ポイントを迎えてしまうリスクも高まり、これに伴って対策がその行程、費用、リスク等のあらゆる面でより困難になることは、科学的に明らかであると認めました。
4:裁判所が国に削減命令を発することは、国の裁量を必ずしも侵害しないとした点
国の反論には、気候変動対策が国際的な問題であって政治的考慮を要するものであり、裁判所による削減命令は国が政治的判断を行うにあたり有する裁量を侵害するという主張もありました。
裁量とは「自分の考えで問題を判断し処理すること(三省堂大辞林第三版)」で、本件で言えば、オランダがどの程度の排出削減義務を負うかについて、国が十分な考察を行うために必要な周辺領域といったような意味になります。
つまり、裁判所が具体的な数値目標を含む削減義務を命じ、これに国が従わなければならないとなると、国は国際交渉を含む様々な政治的な要素を総合して、最も自国に適切な排出削減目標がどのあたりになるのかといった十分な考慮ができなくなるという主張です。
これに対する最高裁判所の判示は、本件でUrgendaが求めている命令が、具体的な立法や政策手段までを特定したものではなく、国は裁判所の命令に従う方法を自由に十分に考慮できるのであるから、この命令自体は国の裁量を侵害しないというものでした。
日本も基本的なところは同じですが、オランダは「三権分立」制をとっており、国の権力を「立法」「行政」「司法(裁判)」という3つに分け、お互いに均衡をとりつつ監視もするシステムになっています。このうち、「司法」の役割の1つは、裁判所が「法の番人」ともいわれるように、他の「立法」「行政」が憲法等の大きな法の枠組みの中できちんと行われているかを監視することです。もし、「行政」が十分な考察を行うために、僅かに政治的な要素などが入るだけで、これがすべて行政の領域のことだとするなら、司法はその役割を十分に果たすことはできません。この領域の線引は度々難しい問題になりますが、今回の最高裁判決は、その回答のひとつのあり方として、とても示唆に富んだものだと思います。
今回はUrgenda事件の最高裁判決において、重要と思われる4つのポイントにしぼってご紹介しました。この判決の前提となった第一審判決と控訴審判決も、部分的に異なる論拠に立っているところもありますが、基本的には同じ流れで同一の結論(国が2020年までに1990年比で少なくとも25%の温室効果ガス削減義務を負う)を導いています。
この最高裁判決全体は長文にわたるため、最高裁判所自ら、要旨を英語で作成し、本文(こちらも英訳があります)の前に付した上で、公式ウェブサイトに掲載しています。ご関心のある方は、ぜひ以下のリンクをご覧になってみてください。
また、気候ネットワーク代表の浅岡弁護士と私の共訳である最高裁判決の仮和訳は、気候ネットワークの以下のリンクで読むことができます。こちらは要旨部分だけだと数ページのもので、気軽に読めるので、ぜひアクセスしてみてください。
https://www.kikonet.org/kiko/wp-content/uploads/2020/02/UrgendaClimateCase-f.pdf
この記事を書いた人
- 気候ネットワークに所属されていた方々、インターンの方々が執筆者となっております。
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