COP25で炎上した日本の石炭政策
COP25開幕時には、グテーレス国連事務総長は「多数の石炭火力発電を計画・新設している地域がある。『石炭中毒』をやめなければ、気候変動対策の努力は全て水泡に帰す」とスピーチしました。また、11日には石炭について「唯一にして最大の障害」とも述べています。
このような国際常識を背景に、今会合では、これまで以上に、日本を名指しした、石炭火力発電推進方針への批判が行われました。
- 「気候変動対策で最も後ろ向きな行動や発言をした国」に贈られる、不名誉な「化石賞」を2度にわたって受賞した(化石賞は、世界120カ国・1300以上のNGOによる「気候行動ネットワーク(CAN)」がCOP期間中に授与している)
- 12月4日、気候変動の影響が深刻な島国・マーシャル諸島の大統領が安倍総理に宛てて、脱石炭や温室効果ガス排出削減目標の引き上げを求める書簡を送った。
- COP会場の前で、途上国への石炭火力発電インフラ輸出に関与する日本政府、国際協力機構(JICA)、国際協力銀行(JBIC)等への抗議が繰り返し行われた。
- 12月6日にはフィナンシャル・タイムズ紙に、日本政府に向けて、脱石炭を求める意見広告が掲載された。
小泉環境大臣「石炭の問題が日本では知られていない」
現地入りした小泉環境大臣は、「グテーレス国連事務総長による『石炭中毒』との批判は日本に向けたものだと認識している」と述べました。実際、国内には、すでに建設済みの石炭火力発電所が100基以上あるだけでなく、さらに20基が建設中/新増設計画がなされている状況です。
大臣は、「Coal Japan(石炭の日本)と言われる事もあったがこれからRenewable Japan(再エネの日本)と言われるように全力を尽くしたい」とも述べました。また、石炭がここまで問題だということが日本では知られていないと指摘し、これから国際社会と日本国内のギャップを埋めたいと語りました。
小泉大臣が語る通り、日本国内では、なぜここまで石炭火力発電所が批判されているのか、あまり理解されていないように思います。あらためて、その理由を見てみましょう。
石炭火力発電の環境負荷は極めて大きい
石炭火力発電所のCO2排出量は膨大
石炭火力発電がここまで強い批判をうけ続けているのは、たとえ最新型の技術であっても、その発電量あたりCO2排出量が天然ガス火力発電の2倍と、極めて大きいからです。
例えば、神戸製鋼が関西電力に売電するために現在も建設中の2基の石炭火力発電所(超々臨界圧:USC)が稼働すれば、CO2排出量は年間692万トン。日本の一般家庭154万世帯の年間CO2排出量に相当します。同様に、小泉大臣の地元・横須賀で東京電力系列のJERAが計画中の石炭火力発電所が稼働すれば、CO2排出量は年間726万トン(一般家庭162万世帯)。
つまり、コンセントの向こう側で電力会社が石炭火力発電を増強すれば、コンセントのこちら側で一般市民が節電をしても、そのCO2削減努力は吹き飛ばされてしまいかねないのです。こんなことは言いたくありませんが、これが事実です。
石炭火力発電所はCO2以外の大気汚染物質も大量に排出する
大気汚染は世界的に深刻な問題です。世界保健機関(WHO)によると大気汚染による早期死亡は世界で年間700万人にもなります。大気汚染の主な原因でもある石炭火力発電は、窒素酸化物、硫黄酸化物、PM2.5、ばいじん、水銀といった健康を損なう大気汚染物質を大量に排出します。
中国から飛んでくるPM2.5も問題ですが、日本国内由来のPM2.5も少なくありません(例えば、関東地方では、PM2.5の約半分が日本由来です)。ごく最近に新しく造られた発電所でも、既設の約10倍の汚染排出のものもあり、到底クリーンとは言えない状況です。
今後も中国に対して汚染をなくすよう働きかけるべきです(日中韓の協力もすでに行われています)。それに加えて、自国内の排出源、すなわち石炭火力発電所をなくす努力が必要です。
図:石炭火力発電所新増設計画による大気汚染シミュレーション
(米国環境保護庁(EPA)推奨のCALPUFFモデルを使用)
世界では、石炭ゼロを超えて「脱ガス」の議論も始まっている
科学者によれば、パリ協定が掲げる1.5℃目標のためには2050年までにカーボン・ニュートラル(CO2排出実質ゼロ)にしなければなりません。でなければ、異常気象、山火事、海面上昇、食糧不足や水不足などが深刻化し、ますます危機的な状況になります。
石炭ほどではないですが、当然、天然ガス火力発電も多くのCO2を出します。このため、COPでは、天然ガス火力発電からも脱却すべきだという議論をよく聞くようになりました(例えば、Climate Action Tracker)。であれば、その倍のCO2を排出する石炭火力発電は、なおさら許されないはずです。
ちなみに、英国やカナダ、ドイツ、フランス、イタリア、メキシコ、米カリフォルニア州など、石炭発電ゼロをすでに決めた多くの国・自治体にとって、もはや「石炭は是か非か」は決着済みなのです。
このような中、ここまで石炭火力発電を推進するのは先進国で日本だけになってしまいました。
技術開発で石炭の限界が突破できる見通しはない
今までの石炭火力発電技術(例えばSub-C、SC、USC)が汚いというのなら、技術開発をすればよいではないかという人もいます。果たして、それで解決するのでしょうか?
「究極の高効率発電技術」IGFCで解決!?
例えば、提唱されている石炭火力発電技術の中でも「究極の高効率発電技術」とされる「石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)」はどうでしょうか。
この2025年頃に技術確立がめざされているIGFCのCO2排出量は、1キロワット時あたり590gと見込まれています(確かに、これまでの石炭火力発電に比べれば低排出です)。しかし、現在すでに商業運転している天然ガス火力発電所には、CO2排出量が1キロワット時あたり330g程度の例もあります。
これらの数字を見ればわかるように、パリ協定の1.5℃のためには天然ガス火力発電もやめなければならないという議論がされている中、IGFCが許容される余地はありません(なお、経済産業省はこのIGFC技術開発に何百億円という補助金を出しています。その源はもちろん国民の税金です)。
CCSは技術未確立で、高コストで、気候変動の緊急性に間に合わない
CCSの技術開発はまだまだ途上
では、炭素回収・貯留(CCS)はどうでしょうか。これは技術的に実用化のめどがたっていません。
昨年、苫小牧のCCS実証実験では累計30万トンのCO2を圧入できたというニュースもあります。ですが、周辺の振動や環境悪化がどうなるか、CO2を安定して封じ込められ続けるかは、これからも長期間にわたって慎重なチェックが必要です。それに、3年間かけてようやく累計30万トンって…先述の神戸製鋼の計画だけでもたった1年間で692万トンのCO2を出すんですよ?全然間に合わなくないですか?
CCSのコストは高すぎる
さらに、石炭火力発電にCCSをつけようとすると、「石炭は安価だ」とは言えないくらい、コストが高くなります。経済産業省は、CCSつき石炭火力発電のコストは1kWhあたり15.2~18.7円と見込んでいます(技術確立がまだなので絵に描いた餅ではありますが)。
一方、すでに技術が確立され、商業化されている再エネの発電コストはどうでしょう。事業用太陽光発電は2017年実績でkWhあたり17.7円、陸上風力発電は15.8円と、CCSつき石炭火力発電と同じくらいです。さらに2030年までにそれぞれ5.1円、7.9円程度にまで低下する見通しです(数字は資源エネルギー庁資料より)。
[2020年1月27日追補:さらに新しいデータだと、下図の通り、2018年実績で事業用太陽光13.5円、陸上風力13.3円、との情報をいただきました。感謝致します。(資源エネルギー庁資料より)]
東京大学などの研究グループもこう分析しています。すなわち、日本でも「新規の再生可能エネルギーは、2022年までに新規の石炭火力発電よりも安く、また2025年までに既存の石炭火力発電よりも安くなる」と。となれば、経済合理性から見ても、CCSは悪手としか言いようがありません。
CCSの夢が語られる間に着々と増えるCCSなしの石炭火力発電所
「CCSがあるから石炭火力発電に関する日本への批判は的外れだ」と主張する人もいます。このような人が、「日本でCCSを備えていない石炭火力発電所はすべて運転中止にして、CCS完備のものだけ運転を認めよう」と言っているのであれば、一応の筋は通るかもしれません。
しかし、実態は違います。彼らが「最新技術で解決できる!」「CCSなら大丈夫だ!」と叫んでいる間に、CCSなしの石炭火力発電所が何十基も日本で建設され、運転開始されてきました。しかも、それが今後もさらに増えようとしているのです。
日本国内には、既設はもちろん新増設計画にもCCS完備の石炭火力発電所は1基もありません(大崎クールジェンは政府の膨大な補助金に依拠した、実験段階の計画ですね)。
「あと10年が勝負」の気候変動対策には間に合わない
このように、石炭はその燃料特性から、技術開発をしても限界突破できる見通しはありません。たとえCCSが技術的に確立し、実用化できたとしても、コストの問題は未解決。あと10年が勝負と言われる気候変動対策には間に合いません。すでに技術確立している再エネにリソースを投じたほうが、緊急の気候変動対策として、明らかにスマートです。
つまるところ、気候変動対策として石炭をあてにするのは、明らかな誤りです。だからこそ、国連事務総長も脱石炭と言うのです。
エネルギー安全保障のための石炭?
「資源が乏しい日本にはエネルギー安全保障が重要だ。そのためには石炭が必要だ」と言う人もいます。確かに、エネルギー供給の確保は重要です。
しかし、今後のエネルギー需給の見通しと国内の発電所の設備容量を踏まえれば、電力不足のリスクもなく、原発に依存することもなく、2030年までの石炭火力発電ゼロが実現できるとの報告があります。原発も石炭もない未来をめざすべきです。
また、日本は、化石燃料資源は乏しいのですが、再生可能エネルギー資源には恵まれています(環境省の再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査)。国産の再生可能エネルギー資源を使えば、石炭を外国から輸入するよりも、エネルギー自立に資すると考えられます。
四国電力管内は再エネ電力が最大100%超、九州電力管内では同96%に達したこともありました(出典:ISEP)。その場合、再エネ発電の分、原発や火力発電の電力は不要ということになります。政策を転換し、石炭火力発電につぎ込まれている巨額の補助金や民間資金が省エネや再エネに向ければ、もっと違う「エネルギー安全保障」の未来が拓けるのではないでしょうか?
すでに気候変動は「安全保障」の脅威
また、気候変動は、エネルギーだけでなく、世界の「安全保障」の脅威になっています(外務省でも議論されています)。気候災害は深刻化しており、2018年、日本において、気候関連災害による死者は1282人で、人口10万人あたりの死者数は1.01人。経済損失は358億3934万米ドル(約4兆円)で、GDPの0.64%に相当します(グローバル気候リスクインデックス2020)。
大勢の人々の生命や暮らし、自然生態系、農林水産資源、産業インフラ等を犠牲にした「エネルギー安全保障」など、本末転倒ではないでしょうか。
省エネルギーを徹底し、自然エネルギー100%へ
国際的にエネルギー企業や金融機関・投資家の間で脱石炭の潮流が広がる中、日本の石炭火力発電企業は、「残存者利益」をねらって、今もこれをあきらめていません。ごくごく一部の石炭火力発電関連企業だけでなく、広く国民全体・産業全体・世界全体のことを考えれば、省エネと自然エネルギーこそが答えです。
最もクリーンでお得なエネルギーは「使われないエネルギー(=省エネ)」です。日本が2050年までに自然エネルギー100%をめざすようにすれば、化石燃料輸入コストを年間数兆円減らせるとの試算もあります(出典:NewClimate Institute)。100%のためのロードマップもすでにあります(例えばWWFジャパン)。
省エネ・自然エネへの転換は、気候をまもるだけでなく、経済的にも合理性があります。また、大気汚染を改善し、健康にも好影響です。2020年こそ、日本が官民をあげて脱石炭に舵を切る年にしましょう。
小泉環境大臣にも、育児休暇の間に、ぜひ考えていただきたいと思います。
参考書籍
編著:気候ネットワーク
出版社:かもがわ出版
2018年6月24日発売
定価:1,080円(本体1,000円+税)
A5判・76ページ
この記事を書いた人
- 気候ネットワークに所属されていた方々、インターンの方々が執筆者となっております。
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