京都事務所にてボランティアでお世話になっております一原と申します。これから数回に分けて、今、日本そして世界全体で増加している気候変動訴訟について、ご報告させていただきたく思います。
今、気候変動訴訟が世界中で増加している
皆様もご存知の通り、2018年9月に神戸において神戸製鋼が進める石炭火力発電所の新設・稼働について、周辺住民の方々が中心となり、神戸製鋼と関西電力を相手取って、その差し止めを求める民事訴訟が昨年9月に提起されました。同年11月には、これらの発電所新設等についての環境影響評価書に対する確定通知の取り消しを求める行政訴訟も提起されています。気候ネットワークはこれら住民の方々を支援すべく、様々な活動を行っています。
この訴訟では大きく分けて、大気汚染問題と気候変動問題の2つを争うことが予定されています。このうち大気汚染の方は、日本でも過去にいわゆる公害訴訟として類似の裁判例の蓄積があります。ところが気候変動については、日本では過去には裁判で争った例はほぼ皆無に近い状況です。それがここわずか数年の間に、この裁判のように気候変動対策の適切な実施を求めるような訴訟、これは一般に「気候変動訴訟」と呼ばれていますが、こういった訴訟が増加しているのです。
現在、日本において気候変動訴訟は、4件提起されています。まず2017年秋に仙台で、石炭火力発電所の運転の差し止めを求める訴訟が提起されました。次に今述べた神戸の2つの訴訟、そして2019年5月に、神奈川県の横須賀市において、同じく石炭火力発電所の建設計画を認めた国の違法性を問う訴訟が提起されたのです。
参考:神戸石炭訴訟 https://kobeclimatecase.jp/
横須賀石炭訴訟 https://yokosukaclimatecase.jp/
仙台パワーステーション操業差止訴訟 https://stopsendaips.jp/
この動きは、日本に限ったことではありません。気候変動による影響が深刻化するなかで、世界全体における気候変動訴訟の増加の潮流を受け、日本でも同種の訴訟が増え始めたと捉えることができると思います。
上記のグラフから分かるとおり、今世紀初めあたりから件数が増えはじめ、いったん増加傾向が収まった後、2015年を境にまた急増しています。2015年というとパリ協定が締結された年です。なぜパリ協定以降、訴訟の件数が再び増え始めたかについては、今後、投稿する予定の記事の中で考えてみたいと思います。
気候変動対策の適否を裁判で争えるのか?
ここで少し、気候変動について裁判で争うということについて考えてみましょう。話をわかりやすくするために、裁判を民事裁判のみに限定します。通常は、貸したお金が帰ってきていないので返してくれと請求するものであったり、自分のものを壊されたから弁償してくれと請求するものであったり、実際に個人的な権利利益の侵害を受けた人が、その侵害を行った相手に対して、相応の行為を求めるというものが一般的です。
では同じことを気候変動問題についていえるのでしょうか。まず、気候変動によって私達が受けている被害は、個人的な権利利益の侵害といえるでしょうか。この温暖化は一体誰によってもたらされたといえるのでしょうか。求められる損害の範囲はどこまでなのでしょうか。どれをとっても複雑そうです。更には、少し専門的な話になりますが、気候変動のような一国の問題にとどまらない国際的な問題については、政府が扱うべきであって、裁判所が口を出すのは慎むべきだという考え方もあり、そういった観点から裁判所が判断を控えてしまう場合も多々あります。
それでも、訴訟によらざるを得ない今日の状況
今、簡単にみただけも裁判で争うのが難しそうな気候変動問題について、訴訟が増えているのは一体なぜなのでしょうか。 そこには様々な背景や理由があると考えられます。そのひとつには、政府や国際機関まかせでは気候変動対策が遅々として進展しない現状に対する人々の憤懣があると思います。
気候変動のさらなる深刻化を少しでも食い止めるためには、世界全体で温室効果ガスの排出に対する厳しい規制が必要なことは様々な科学的知見からも明らかです。にもかかわらず、現状ではなかなかこれに見合うような規制は実現していません。
さらに、温室効果ガスの排出が、私達のなんら違法でない普通の生活や、適法で経済を活性化するような企業活動から行われてしまうということもあります。
違法でない、なんら罪ではない、さらには経済合理的な活動を法により規制することには、様々な利権の絡みや権利侵害の問題(経済活動も財産権の行使のひとつの形と言えます)などがたちはだかり、そう容易にはいかないのだと推測されます。こういったことから、政府や国際機関が温室効果ガス削減の厳格化に及び腰になってしまうのだと考えられるのです。
しかし、私達個人が国際機関に対して規制の強化をはたらきかける手段は限られています。自分の国の政府に対しても、数年に一度の選挙や、パブリックコメントの投稿、または請願等、はたらきかける機会も、その効果も十分にあるとはいえません。そして、気候変動はこの瞬間も待ったなしで着々と進行しているのです。
裁判は、相手に対して行為を義務付ける、または促進するための、国家権力の裏付けを伴う有効かつ強力な手段です。一個人、団体、企業、さらには自治体や国までもが原告にも被告にもなれます。確かに時間も費用もかかります。それでも、今日の気候変動に関する状況を前にして、人々が裁判という手段によらなくては、もはや国や企業が適切な気候変動対策をしてくれないという判断に至り、結果、気候変動訴訟が増え続けているという側面があると思います。
今回は、今どうして世界全体で気候変動訴訟が増え続けているのかについて報告をさせていただきました。今後、数回に分けて、この問題について、より詳しくご報告したいと思います。まず次回は、実際にどのような訴訟が世界で起こされてきているかについてご紹介したいと思います。
この記事を書いた人
- 気候ネットワークに所属されていた方々、インターンの方々が執筆者となっております。
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