京都事務所の有木です。
11月27日、国連環境計画(UNEP)より「排出ギャップ報告(Emissions Gap Report) 2018」が発行されました。これは、将来予想される温室効果ガスの排出量とパリ協定の目標を達成するために削減すべき排出量との差である「Emissions Gap」についてまとめたレポートです。
本レポートは、各国政府に対策強化を促す強いメッセージを送るとともに、COP24での議論にも影響を与えました。
今回は本レポートで明確になった「人類の課題」を紹介するとともに、その解決に向けて世界がどのようなアクションをとればよいのかを考えたいと思います。
明らかになった膨大な「Emissions Gap」
本レポートによって、私達が向かっている将来と目指すべき目標との間に大きな差があることが改めて明らかになりました。それが一目にしてわかるのが図1です。
図1 各シナリオの温室効果ガス排出経路と「Emission Gap」
最初に確認しておきたいのが現在の排出量です。レポートによると、2017年の全世界の温室効果ガスの排出量は53.5GtCO2e(注1となり、過去最高を更新しました。
そして、現在のパリ協定の下での国別約束(NDCs)が条件付きのものも含めてすべて達成されたとしても、2030年の排出量は53GtCO2 e程度になると予想されました(図1の「Conditional NDC scenario」に相当)。すなわち、現在からほぼ横ばいの排出経路をたどることになり、排出量実質ゼロを目指すパリ協定の「軌道」に全く乗っていないことがわかります。ちなみに、この排出経路をたどった場合、2100年頃までに産業革命前と比較して世界の気温が3.0℃程度上昇すると予想されました。
一方で、パリ協定の努力目標である、気温の上昇を「1.5℃」までに抑えるためには、2030年には温室効果ガスの排出量を24GtCO2 e程度に抑えなければならないとの結果が出ました。
上述のNDCsがすべて達成された場合と比較すると29GtCO2 eの「Emissions Gap」が生じることになります。同様に「2.0℃」の場合は2030年の排出量を40Gt CO2 e程度に抑える必要があり、13Gt CO2 eの「Emissions Gap」が生じる結果になりました。
二酸化炭素除去技術(CDR)を使えば問題は解決する?
世界の気温上昇にCO2排出量の積算値が関係していることは科学的に証明されています(つまり、ざっくりと言えば、CO2をたくさん出せば出すほど気温が上がる、ということです)。例えば、気温の上昇を1.5℃までに抑えるためには、排出できるCO2は420Gt 程度であると報告されています(注2。
この場合420Gtに相当するCO2排出量を「炭素予算(カーボン・バジェット:carbon budget)」と呼びます。この考えを応用すれば、仮に「carbon budget」をオーバーしてしまった場合でも、二酸化炭素除去技術(CDR)を用いて大気中からCO2を吸収することで埋め合わせすれば良いのではないかと考える人もいます。
彼らによれば、CDRを用いてCO2を吸収し、一度オーバーシュートしてしまった気温を目標値まで下げることは理論的には可能といいます。実際に、10月に公表されたIPCC「1.5℃特別報告書」でもCDRについて言及があります(注2。
図2はそのCDRの一種です。例えば、バイオマスCCS(BECCS)は植物に大気中のCO2を吸収させた後、それを燃焼させてバイオエネルギーとして活用し、その際に発生したCO2を地下深くに貯蔵することで、トータルでCO2を削減させる技術です。このBECCSは現在実証段階にあります(注3。
図2 様々な炭素除去技術
しかし、CDRをあてにすることはできません。なぜなら、CDRは確立された技術でないだけではなく、様々な副作用を伴い、それが持続可能な社会を実現する方向とは逆向きに作用する可能性があるからです。
例えば、BECCSを大規模に用いる場合、植物を育てるための大量の土地が必要になり、食用作物のための土地利用が制限されたり、生物多様性が失われたりする可能性に繋がります。また、(特に地震の多い日本などで)地中に安定的にCO2を貯蔵することができるのかといった疑問も発生します。そもそも、技術開発が間に合い、うまくいく保障はありません。
「1.5/2℃」目標を達成するシナリオは多数存在しますが、本レポートで参照されたシナリオのほとんどはCDRのポテンシャルを低く見積もっています。結果として、「1.5/2℃」を達成させるために必要なCO2削減量は比較的大きな値となりました。排出削減が遅れれば遅れるほど、副作用のある、未完成の技術に頼らざるを得ない状況になり、持続可能な社会の実現を困難にすることが予想されます。
NDCsの引き上げなど、早急な対応が必要!
UNEPが繰り返し警告しているように、各国が現在掲げている目標と目指すべき目標との間に大きな差があることが明らかになっています。したがって、各国のNDCsの引き上げが当然必要となります。本レポートでは「『前例のない』『早急な』行動がすべての国々に求められる」と警告してします。
現時点ではまだ「1.5~2℃」目標を達成できる可能性は残されているそうですが、2030年までにNDCsの引き上げがされなければ「1.5℃」目標の超過は避けられないとしています。
現在日本政府が掲げている温室効果ガスの削減目標は「2030年までに2013年比で26%の削減」です。一方、本レポートでは2030年までに2017年比で「1.5℃目標」の場合55%(「2℃目標」の場合25%)の削減が必要であるとしています。日本の持っている技術力や、これまでに大量の温室効果ガスを排出してきた経緯を踏まえれば、現在の目標は「低すぎる」と言わざるを得ません。国際的な科学者グループも、日本の目標が、パリ協定の目標に不足していると指摘しています。
実効性のある目標にするために
パリ協定の目標を達成するためには、各国政府の排出削減目標を野心的なものに変えるだけでなく、それを着実に実行しなければなりません。特に脱石炭を早急に実現することが不可欠です。ところが、2030年エネルギーミックスでは、2030年度の発電電力量のうち石炭火力の割合が26%程度となっていて、2010年以前と変わらず最もCO2排出の多い石炭火力発電が継続されることになります。さらに、2012年以降に、国内で新規に計画されている石炭火力発電は50基にもなっています(内8基は既に稼働中、8基が中止)。これらが建設・稼働されれば、その26%も大きく超えてしまい、大幅削減の実現には逆行している状況です。
目標を実効性のあるものにしないといけないということは、日本に限ったことではありません。図1の排出経路を見れば分かるように、2020年以降にこれまで増加してきたCO2の排出量を急激に削減するシナリオを世界は選択しなければなりません。従来の社会構造のままでは、急変したシナリオを実現できないことは想像に難くありません。
IPCC「1.5℃特別報告書」では、「1.5℃」目標を達成するために「世界全体でエネルギーや土地、都市、インフラ、産業等のシステムの大転換が必要であり、そのための投資の大幅な拡大が必要である」(注4と述べられています。描かれたシナリオを「絵に描いた餅」にしないためにも、化石燃料の大量生産・大量消費を前提とした20世紀型の社会構造を見直し、持続可能な新たな社会構造に切り替えるタイミングに来ているのではないでしょうか。
注1:温室効果ガスの排出量を(温暖化への影響を考慮して)CO2換算したもの
注4:IPCC「1.5℃特別報告書」政策決定者向け要約(SPM)の概要
この記事を書いた人
- 気候ネットワークに所属されていた方々、インターンの方々が執筆者となっております。
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