2001年12月
気候ネットワ−ク 代表 浅岡美恵
大きな意義
モロッコのマラケシュで開催された気候変動枠組条約第7回締約国会議(COP7)では、7月のボン合意を踏まえて、京都議定書の運用ルールに最終合意しました。これは、92年の条約採択から約10年、97年の京都議定書採択から4年の月日を経た長い交渉の結果が実を結び、ようやく一つの節目を迎えたことを意味します。今後、地球温暖化防止に向けた世界の取り組みは、温室効果ガス排出削減の“実施”のステージへと移っていきます。
世界各国は、来年の2002年9月に南アフリカのヨハネスブルグで開催される「持続可能な開発に関する地球サミット(リオ+10)」で京都議定書を発効させることを目指して、批准の準備に動き出しています。
抜け穴拡大
合意成立は喜ばしいことですが、7月のボン合意と今回のマラケシュでの合意で、特に日本・ロシア・カナダ・オーストラリアの後ろ向きな主張によって、京都議定書の削減数値目標値が実質的に弱められてしまいました。
具体的には、森林等の吸収の利用を大きく計上できる道を作り、また、海外からの取引や削減分の利用を大幅に認めてしまいました。これらによって、先進国内での排出削減努力が遅れてしまうことは、地球温暖化防止の緊急性からみれば、大変憂慮すべきことです。温暖化を防ぐために先進国の国内対策が重要であることは、今もなお変わりません。
日本政府の消極姿勢
今年3月にブッシュ米政権が京都議定書の事実上の離脱を表明したため、アメリカ抜きで京都議定書を発効させるには日本の批准が不可欠となっています。しかし、日本政府は日本の批准の不可欠さを“悪用”し、7月のボン会議では、遵守措置を修正させ、吸収源で特別枠をもらうなどの大きな譲歩を引き出し、世界各国から大きく批判されました。またマラケシュ会議でも日本は強硬姿勢を繰り返し、京都議定書を弱体化させる主張を押し通しました。主張の一部はボン合意にも反するもので、他国にとって受け入れがたいものでしたが、徹夜交渉に持ち込んだ結果、今回も大多数の国が日本に妥協せざるを得ませんでした。こうした姿勢から、日本政府は、国際的な環境NGOのネットワーク「CAN」が表彰する「化石賞(交渉に最も後ろ向きな国を表彰する不名誉な賞)」を最多受賞し、温暖化交渉に大変消極的だと国際社会に印象付けることになりました。1日本政府は今後、交渉における後ろ向きな姿勢を改めるべく、京都議定書の目標達成へ向けて、国内での温室効果ガスの削減の実施を本格的に進めていくことが強く求められています。
※ここでは、交渉で特に論点になった部分のみ紹介する。
京都メカニズム
京都メカニズムについては、7月のボン合意で、共同実施・クリーン開発メカニズムに原子力利用を認めないことや、利用には定量的な上限を設けないことなど、最も難しい点について決着していた。しかしなお多くの交渉課題が残されていた。COP7では、京都メカニズムの参加資格について最も大きな議論となった。
■京都メカニズムの参加資格
京都メカニズム(排出量取引・共同実施・クリーン開発メカニズム(CDM)の総称)とは、先進国が京都議定書の数値目標の達成を補完するために利用が認められた仕組みである。COP7では、京都メカニズムの参加要件を決定する必要があったが、遵守制度を受入れること、吸収源のデータを報告すること、について議論となった。 最終的に、日本・ロシア・オーストラリア・カナダが、京都メカニズムの参加資格と遵守制度の受け入れとを関連付けることに最後まで反対し、「遵守制度を受け入れる」という参加資格要件の一つが削除され、COPMOPで決定される予定の本文に移された。実際は日本が最もこだわった問題とされている。吸収源のデータ提出については、他の排出量などと同様、毎年報告されることになったが、その質(クオリティ)は問われないことになった。
これらの結果、京都メカニズムの参加要件としては弱められたが、京都メカニズムがしっかりした遵守制度・しっかりしたデータや仕組みのもとで動くものであるということは変わらない。
◆日本政府の主張の問題点
(1)京都メカニズムの参加資格の一つとして遵守制度を受け入れることは「ボン合意」に含まれている。遵守制度との関連性自体の削除を要請することは、ボン合意のリオープン(再交渉)であり、各国を大きく混乱させた。
(2)日本の主張の理由は、「将来、法的拘束力のある遵守制度に合意した場合、それを受け入れないと京都メカニズムに参加できなくなるのは困る」というものである。しかし、遵守制度に法的拘束力を持たせるべきではないという考えのもとに、京都メカニズムの参加資格要件から遵守制度との関連の削除を求めることは、京都メカニズムの信頼性を失わせ、また、京都議定書自身の効力を弱めようとする意図を持つものであった。
◆最終的に合意された、京都メカニズムの参加資格要件
(a)京都議定書を批准していること/(b)割当量を設定していること/(c)排出量や吸収量の推計ができる国家制度があること/(d)取引の管理などに必要な国内登録簿を設置していること/(e)直近の目録(インベントリー)を毎年提出していること(吸収量提出を含む)/(f)補足的な情報を提出すること
■3つのメカニズムの交換可能性(ファンジビリティ)
京都メカニズム(排出量取引・共同実施・クリーン開発メカニズム(CDM))から得られるクレジットや排出枠(ユニット、AAU・ERU・CER・ RMU)が相互に交換可能かが大きな論点であった。途上国は、それぞれ違った仕組み・目的を持つ制度を一つにすることによって抜け穴が拡大することを強く懸念していた。結果的には、全てが相互に交換可能となることが決まった。これにより、いずれのクレジットも排出量取引で取引可能となる。
■バンキング(繰越し)の上限
京都議定書では、数値目標を超えて削減した分については、次の約束期間に繰越し(バンキング)できるとされている。しかし、京都メカニズムや国内の吸収源からのユニット全てのバンキング(繰越し)を認めると、大量のバンキングが可能となり、第2約束期間の数値目標設定に大きな影響を与えることが懸念されていた。
結果的には、
・吸収源からのユニット(RMU)は繰越し不可
・共同実施からのユニット(ERU)、CDMからのユニット(CER)はそれぞれ割当量の2.5%まで繰越し可能
・先進国が数値目標に基づき発行したユニット(AAU)のバンキングは上限なし
とされた。しかし、国内の数値目標達成に、どのユニットを先に使うべきか示されていないため、実質的にはバンキングの制限を回避できる道を作った。
遵守については、会議が閣僚級セッションに入る前にすべて合意することができた。日本政府は、報告義務などの不遵守の措置を狭める主張や、他国が不遵守の疑義を指摘する仕組みに反対する主張などを行ったが、これらはいずれも認められなかった。一方、京都メカニズムの参加資格の回復手続きについては、各国にもその必要性が認識され導入されたが、日本政府は、回復の手続きの簡略化・迅速化を強く求めた。
遵守
■不遵守の場合の措置に法的拘束力をもたせる問題について
数値目標を守らなかった場合の措置に法的拘束力を持たせるかどうかについては、7月の「ボン合意」で、京都議定書発効後の最初の議定書締約国会議(COPMOP1)に先延ばしされたため、今回は直接問題にされることはなかった。COP7で遵守制度が決定したことにより、大多数の国は、 COPMOP1で法的拘束力を持たせて完結させるべきだという考えである。日本政府はロシアと2ヶ国だけで法的拘束力に反対しているため、このままの立場であれば、COPMOP1で大きく批判され、孤立する可能性が高い。
■他の締約国による不遵守の審査要求
他の国が、不遵守と思われる国について遵守委員会に審査要求をする規定があり、日本政府がこれに強く反対し削除を求めていたが、議長案通り維持された。
■京都メカニズムの参加資格の回復
ある国が京都メカニズムの参加資格要件を満たさず、参加資格を失った場合、その国が、遵守委員会の履行強制部か専門家レビューチームに資格の回復を要請し、遵守委員会が回復を決めるという手続きが決まった。また、数値目標を守らずに不遵守になり、排出量取引の移転が禁止された場合についても、その国が、遵守委員会の履行強制部に資格の回復を要請し、遵守委員会が遵守行動計画やその他の進捗報告と照らして回復するという手続きが決まった。日本政府は、この回復手続きの導入と、すみやかに回復できる仕組みを強く主張した。
吸収源については、ボン会議で既に最終文書案に合意していたため、交渉グループは公式には開催されなかった。政治的な問題として、ロシアの吸収量の上限値の扱いが非公式に議論された。
吸収源
■ロシアの森林管理による吸収量の上限値について
ボン合意の際に、植林・再植林等に加え、吸収源の対象として森林管理などの追加的な活動(3条4項)の利用が認められた。森林管理については各国ごとに上限値が設定され、ロシアについては17.63Mt(炭素換算)という上限値で合意された。これにより京都議定書の数値目標が実質的に大きく弱められることになったわけだが、その後、ロシアがその倍に近い33Mtへの修正を要求。「ボン合意」を変えることの問題、33Mtという膨大さの問題、根拠となるデータの信頼性の問題などがあったが、京都議定書の発効に不可欠な国であるとの政治的な判断により、33Mtがそのまま容認された。これにより、ロシアの目標達成余剰分は一層増えることになった。
途上国関連
途上国関連ついても、ボン会議で最終文書案が完成していたため、文書は最終日にそのまま採択された。これにより、途上国の悪影響への対処や温暖化対策の実施のために、3つの基金を通じて先進国が支援することが具体化されたが、支援の金額は示されず政治宣言に委ねられている。日本政府は、追加的な資金であることを示した上で金額を明示することが強く求められている。
■批准へのプロセス作り
京都議定書の運用ルールについて合意できたことにより、先進国の批准の動きが加速している。既にEUは6月14日までに域内の批准手続きを終えることを決め、2002年の9月に開催される「持続可能な開発に関する地球サミット(リオ+10)」の最終日(9月11日)までに発効できる体制を整えている。また、ノルウェーやニュージーランドもリオ+10に間に合わせることを表明している。ロシアもCOP7合意後に批准に前向きな姿勢を示している。
日本政府は、2002年の次期通常国会で批准する方針を決定した。日本の批准は京都議定書の発効に不可欠であり、リオ+10での発効の期限である6月14日までに批准を済ませることは、日本の国際的な責任である。
■米国の参加と途上国の参加
COP7での最終合意は、アメリカの参加を促す意味でも大変重要である。世界全体が京都議定書のもとで国内削減努力や省エネの技術開発を進め、さらに国際排出量取引市場を構築することは、米国が京都議定書に参加せざるをえない状況をつくり上げていくことになる。米国の参加は、世界が温室効果ガス削減を常識とする社会をつくることで促していくべきである。
途上国の参加については、COP8以降議論が具体化していくと考えられる。気候変動枠組条約は「共通だが差異ある責任」という原則にたち、まず先進国が対策を取ることを位置づけている。先進国が、現状のように排出を増加させ続け、対策の成果を実態として示すことが出来なければ、途上国の参加を促すことは難しい。途上国を含めた温暖化対策を実現するためにも、2005年には、先進国が温室効果ガスの大幅削減という明らかな進捗を示さなければならない。
■国内で実効性ある対策の早期導入を
京都議定書の目標を達成するための国内対策として、環境省・経済産業省はそれぞれに、2005年にレビューを行い、対策を強化するアプローチを提示している。しかし最初の2002〜2004年の間には、当面の対策を継続するのみで、新たな政策導入に極めて消極的である。このように対策を先延ばしすれば、目標達成が難しくなることは明らかである。今もなお温室効果ガスの排出量を増加させ続けている日本が京都議定書の目標を実現するためには、 2002〜2004年の早期のうちに実効の上がる対策を導入することが必要不可欠である。炭素税の導入など、具体的な政策議論を進め、導入を急ぐべきである。
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